相続が発生したとき、そのまま相続せずに相続放棄をするという選択肢もあります。
とくに、亡くなった人(被相続人)がプラスの財産を超えるマイナスの財産を持っていれば、多くの相続人は相続放棄を検討するはずです。
しかし、相続放棄が認められるには条件があり、知らずにしてしまった何気ない行為が相続放棄却下の原因になってしまうことがあります。
そこで本記事では、相続放棄の前にやってはいけないこと、やってはいけない行為をしてしまったらどうすればよいのか、相続放棄を成功させるために知っておくべきことなどを紹介します。
相続放棄は、申述という方法でおこないます。
申述書という書面を家庭裁判所に提出することで相続放棄の審査が開始し、いくつかのステップを経て、家庭裁判所からの相続放棄申述受理通知書を受け取れば、正式に相続放棄が完了します。
しかし、申述書を提出しても相続放棄が認められないケースがあります。
ここでは、相続放棄でやってはいけないな3つの例を見てみましょう。
単純承認とは、亡くなった人が残した全ての財産を相続することを指します。
これにより、プラスの財産もマイナスの財産も引き継ぐことになります。
相続の種類には、単純承認のほか、限定承認と相続放棄があります。
単純承認を選ぶ場合、とくに手続きは必要ありません。
しかし、限定承認か相続放棄をするなら手続きが必要です。
とくに気をつけたいのが、限定承認か相続放棄を選ぼうと考えているのに、単純承認を選択したとみなされてしまうケースがあるということです。
これは、みなし単純承認と呼ばれ、正式には法定単純承認といいます。
具体的な行為については、このあとの「法定単純承認に該当するやってはいけない具体例10選」で紹介しますが、主に相続人が被相続人の財産の一部を処分してしまった場合、法定単純承認に該当することになります。
そうなれば、相続放棄できない可能性が高くなります。
申述書の不備や必要書類の不足は、相続放棄が却下される原因となります。
不備や不足をなくすためには、事前に、何を準備すべきかを知っておくと安心です。
申述書には、放棄の理由や相続財産の概略を記載しなければならないため、財産状況をきちんと把握する必要があります。
具体的には、次のような内容を記載します。
また、申述書のほかに、被相続人と相続人それぞれの戸籍謄本などが必要です。
結婚や引っ越しによる転籍の経歴があれば、戸籍が複数必要になることもあります。
住民票だけを移して本籍地から離れて暮らしているという人は、取得に時間がかかるかもしれません。
不備や不足によって受理してもらえないならまだしも、受理されたものの却下されてしまった場合、再申請は困難なため注意してください。
>相続放棄申述書の書き方について詳しく知る
>相続放棄の必要書類について詳しく知る
相続放棄の申述は、ほかの人による代理提出や郵送提出が可能です。
そのため、他人がなりすましたり、相続人以外が弁護士に依頼してしまうおそれも否めません。
そこで、必ず家庭裁判所から、本人への意思確認が入ります。
相続人の意思に反する申述であれば、もちろん無効となります。
法定単純承認については、民法第921条に規定されています。
そこには、相続財産の全部または一部を処分することで法定単純承認に該当すると書かれています。
重要なのは、本人は「処分」のつもりなくおこなった行為が、「処分」にあたってしまう場合があるということです。
たとえ法律を知らなかったとしても、相続放棄ができなくなってしまうので、法定単純承認に該当する主な処分行為を把握しておきましょう。
遺産分割協議とは、相続人が遺産の分け方について話し合い、合意することです。
遺産分割協議書という書類作成が必要なケースもあります。
遺産分割協議は、相続することを前提におこなうものとされ、実際に分ける前であっても、処分行為にあたるとするのが通例です。
ただし、遺産分割協議は相続人全員でおこなわなければ有効にならないので、一部の相続人と相談をする程度であれば問題ありません。
また、遺産分割協議において相続放棄の意思を示し、ほかの相続人から合意を得ていても、相続放棄の申述をしなければ正式な相続放棄にはなりません。
確実に相続放棄する場合は、別途手続きが必要です。
故人名義の預金を引き出すことは、相続財産の処分行為にあたります。
「引き出しただけで使用していないなら処分ではない」という見解もありますが、相続放棄が認められなくなるリスクがある以上は、相続の詳細が決まるまでは手をつけないのが賢明です。
万が一、預金を引き出してしまったときは、もう一度被相続人の口座に入金しましょう。
すでに口座が凍結されている場合は、封筒や金庫に入れるなどして別途保管しておきましょう。
被相続人の持ち家を売却、解体、増改築してしまうと、相続放棄できなくなります。
たとえ空き家であっても、相続方法が確定するまでは処分しないようにしてください。
また、被相続人が固定資産税を滞納していたときなどに、よかれと思って滞納分を支払ってしまった場合も法定単純承認にあたり、相続放棄できなくなってしまう可能性があるので要注意です。
ただし、処分ではなく、「保存」にあたるとされる行為をおこなっただけであれば問題ありません。
相続における保存行為とは、現状維持のための修繕や、第三者が無断で使っている土地を返してもらえるよう要求することなどを指します。
賃貸アパートやマンションの貸主や管理会社が、人が亡くなったことを知って部屋を引き渡すように求めてきたとしても、相続放棄や限定承認を検討しているのであれば、解約するのは待ってください。
被相続人の賃貸借契約を相続人が解約すると、処分行為だとみなされ、法定単純承認にあたるおそれがあります。
ただし、家賃の延滞によって貸主や管理会社側から解約されてしまった場合は、相続人の意思による処分行為とはいえないため、問題ありません。
>相続放棄の際の賃貸アパート・マンションの扱いについて詳しく知る
自動車に財産価値があるというのはわかりやすいですが、小さな家財でも財産価値を有している可能性があります。
テレビ、冷蔵庫、パソコンなどはもちろん、思わぬ遺品に財産価値が認められる場合もあり、見分けるのは簡単なことではありません。
相続内容が確定するまでは、処分を避けるのが無難です。
どうしても処分しなければならないときは、複数の業者から査定書を取得してください。
財産価値がないと示すことができれば、法定単純承認には該当しないでしょう。
被相続人の借金や税金であっても、相続財産から支払えば処分行為とみなされてしまいます。
たとえ亡くなった本人のものであっても、法定単純承認にあたってしまうので相続財産からの支払いは避けましょう。
すでに支払い期限が到来している借金であれば、相続財産から支払っても処分行為にはならないという専門家の意見も、なかにはあります。
しかし、相続放棄できなくなるリスクがあるため、自己判断で支払ってしまうのは避けましょう。
どうしても支払いが必要なときは、相続財産からではなく、相続人自身のお金から支払うようにしましょう。
所得税などの還付金は、たとえ被相続人が亡くなってから支払われた場合であっても被相続人のものです。
そのため、死後の還付金も相続財産に含まれます。
したがって、還付金を受け取ることは法定単純承認に該当し、相続放棄できなくなる可能性があります。
相続放棄をする可能性があるなら、故人のクレジットカードやスマートフォンの解約は控えましょう。
必ずしも処分行為とみなされるわけではありませんが、何らかの原因で処分行為だとみなれ、相続放棄できなくなるリスクが伴います。
クレジットカード会社や携帯電話会社に対して、契約者が死亡した旨と相続放棄した旨を伝えれば、解約することができます。
解約は、相続放棄が確定したあとでおこないましょう。
相続は、自己が相続人となって相続が開始したことを知った日から3ヵ月以内に、単純承認・限定承認・相続放棄のいずれかを選択しなければなりません。
この期間を熟慮期間といいます。
熟慮期間を過ぎると、何もしなくても単純承認に移行するのが原則です。
つまり、「相続放棄に期限があることを知らなかった」などの言い分は通用しないということがいえます。
ただし、なんらかの事情によって熟慮期間を過ぎてしまった場合は、弁護士に相談することで有効なアドバイスがもらえることもあります。
相続前はもちろんですが、相続放棄をしたあとだとしても、相続財産を隠したり使ってしまったりすれば、法定単純承認と見なされて相続放棄は無効となってしまいます。
その結果、マイナスの財産も引き継ぐこととなります。
これは、背信行為と呼ばれる、信頼や信用に背く行為をしたときも同様です。
たとえば、遺産を故意に相続財産の目録中に記載しなかったときなどがこれにあたります。
以上のように、知らないあいだに法定単純承認に該当してしまわないよう注意すべき点がある一方で、とくに問題ないこともあります。
法定単純承認に該当しないことには、どのようなものがあるのでしょうか。
故人の財産を調査するだけであれば、法定単純承認にはあたりません。
むしろ、被相続人がどのような財産を持っているか把握しなければ、相続放棄すべきかを判断できません。
相続財産調査は、相続する場合でもそうでない場合でも、必要なステップなのです。
プラスの財産とマイナスの財産を正確に把握し、相続するかどうかを検討しましょう。
>相続財産調査の方法を詳しく知る
>相続人調査の方法を詳しく知る
相続財産から被相続人のために葬儀費用を支払ったり、墓石を購入することも、処分行為とはみなされません。
しかし、墓石や仏壇の金額が社会的にみて不相当に高額だといえ、処分行為に該当してしまう場合もあるので気をつけましょう。
故人が加入していた健康保険の喪失手続きは、法定単純承認にはならないので、手続きを進めて問題ありません。
もし、故人の扶養家族になっている方の場合は、新たに国民健康保険に加入する必要があります。
なお、これは年金の喪失手続きについても同様です。
故人が愛用していた品物を、家族や友人と分けることを形見分けといいます。
多くは、衣類・アクセサリー類・家具などを形見とします。
高級ブランドなどでなければ、基本的には財産価値がないと考えられます。
しかし、たとえノーブランドであっても革製の靴や毛皮のコートなど、財産価値を有するとみなされるものもあります。
財産価値があるかどうか不安な場合は、査定をおこなったり、弁護士などに相談したりしましょう。
死亡保険金や遺族年金は、受け取っても問題ありません。
死亡保険金は亡くなった人のものではなく、受取人の固有財産に分類されます。
また、遺族年金は遺族の権利であるとされています。
しかし、例外もあるので注意が必要です。
たとえば、死亡保険金の受取人が被相続人本人になっている場合、相続対象の遺産になってしまいます。
このケースでは、相続放棄をするなら受け取ってはいけません。
>相続放棄後の死亡保険金の扱いについて詳しく知る
>相続放棄後の遺族年金の扱いについて詳しく知る
被相続人が残した財産ではなく、相続人自身のポケットマネーを利用して、故人に関わる支払いを済ませることは問題ありません。
単純承認にあたるかどうか不安な支払いは、基本的に自らの手持ちから支払うようにすれば、法定単純承認にあたることはありません。
生前贈与があったとしても、法定単純承認にはあたりません。
そのため、存命中に贈与を受けたとしても、相続放棄をすることができます。
しかし、実際には相続放棄を検討している場合の生前贈与には、注意が必要です。
相続放棄を考えるということは、被相続人に多額の借金があるケースがほとんどです。
プラスの財産だけを事前に受け取ったうえでマイナスの財産を放棄すると、詐害行為にあたり生前贈与が取り消しになる可能性があります。
もしも事前知識がなく、知らないあいだに法定単純承認となってしまい、相続放棄できなくなってしまったら、どうすればよいのでしょうか。
状況によって、いくつかの対処法があります。
プラスの財産なら問題ありませんが、借金を相続してしまった場合は債務整理を考えましょう。
債務整理には、任意整理、個人再生、自己破産、特定調停の4つがあります。
それぞれ、借金の返済計画を見直したり、借金の減額や免除を目指したりする手続きです。
借入先と直接交渉するものもあれば、裁判所を介するものもあります。
債務整理をすれば、返済負担を減らすことができます。
しかし一方で、いわゆるブラックリスト化されてしまうことで信用情報に影響が出たり、一定の資格や職業に制限がかかり働けなくなったりするなどのデメリットもあります。
まずは、各手続きのメリットとデメリットをしっかり把握することが大切です。
また、自分でおこなえる手続きもありますが、専門知識なく有効に進めることは容易ではありません。
複雑な計算や書類が必要になることも多いため、まずは弁護士など専門家に相談しましょう。
遺産分割協議は、相続人が全員で故人の財産をどのように分けるのかを決めるものです。
分け方を決めるためのものなので、相続することを前提としています。
そのため、相続放棄を正式に確定させることはできません。
しかし、財産を相続しない旨を他の相続人と合意すれば、事実上は相続を免れることができるでしょう。
遺産分割協議書には、作成期限がありません。
法定単純承認されてしまったあとに作ることもできます。
ただし、多額の債務が発覚した場合などに、ひとりだけマイナスの財産を放棄することを共同相続人が認めてくれるのかと考えると、容易ではないと考えられます。
ここまで見てきたように、相続放棄を考えていたとしても、さまざまな理由で法定単純承認とみなされてしまうリスクがあります。
法定単純承認が確定すれば、ほとんどの場合であとから相続放棄を選ぶことができません。
しかし、相続問題が得意な弁護士に相談することで、決定をくつがえせる可能性もあります。
実際、3ヵ月を過ぎてから申述をして相続放棄が認められた例もあります(大阪高等裁判所平成10年2月9日決定)。
相続問題に精通した弁護士であれば、どのような場合なら決定が変わる余地があるのかをよく知っています。
また、これまでのさまざまな判例を根拠に、相続放棄を認めてもらうよう裁判所に働きかけることができます。
さらに、もし相続放棄できなかったとしても、ほかの方法を教えてもらうことができ安心です。
些細なことでも、まずは弁護士に相談してみましょう。
相続放棄を考えているなら、法定単純承認のほかにも気をつけるべきことがあります。
相続放棄をしたとしても、占有している不動産に関しては、ほかの相続人や相続財産清算人に引き渡すまで保存をしなければなりません。
たとえば、被相続人名義の家で暮らしていた場合、相続放棄したとしても、住んでいる家を管理しなければなりません(民法第940条)。
相続における保存とは、ただ手元においておくことではありません。
壊れてしまったら修理するなどの管理が必要です。
被相続人の存命中に、相続放棄をすることはできません。
たとえ合意していて相続放棄の契約書を作成したり、故人の遺言書に記載していたとしても、法的効力はありません。
これは、なかには被相続人や共同相続人が、強制的に相続放棄をさせてしまうケースもあるからです。
家庭裁判所で相続放棄の申述が受理されれば、撤回することはできません。
のちにプラスの財産があると判明しても、あとから相続放棄を取りやめることはできないのです。
きちんと相続財産の調査をし、査定などの評価を済ませてから、相続の方法を選択しましょう。
相続放棄をするためには、知っておかなければならないことや気をつけるべきことがたくさんあります。
どんな行為が法定単純承認にあたるのかという判断や、申述のための書類準備や裁判所とのやりとりは簡単なものとはいいきれません。
確実に相続放棄をするためには、まず弁護士に相談してみてください。
依頼料が気になる場合でも、無料相談を受け付けている弁護士は数多くいます。
ぜひ活用してください。
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