相続放棄をした後に被相続人の預金を引き出すと、「法定単純承認」が成立して相続放棄が無効となるおそれがあります。
預金の引き出しは、相続人には簡単にバレますし、債権者にもバレることがあるので注意が必要です。
弁護士のアドバイスを踏まえて、相続放棄の前後でやってはいけないことを正しく理解し、相続放棄が無効にならないように注意深く行動しましょう。
本記事では相続放棄後の預金引き出しについて、法定単純承認のリスクやバレる可能性などを解説します。
相続放棄をした後に被相続人の預金を引き出すと、「法定単純承認」が成立する可能性が高いです。
法定単純承認が成立すると、すでにした相続放棄が無効になってしまいます。
「法定単純承認」とは、相続を単純承認したと法律上みなされることをいいます。
「単純承認」とは、遺産を無制限に相続する旨の意思表示です。
相続を単純承認した相続人は、相続財産である資産・債務の両方を無制限に相続します。
法定単純承認が成立するのは、以下のいずれかに該当する場合です(民法921条)。
相続放棄後に被相続人の預金を引き出した場合は、上記のうち③に当たり、法定単純承認が成立する可能性があります(=相続財産の隠匿または消費)。
法定単純承認が成立すると、法律上相続を単純承認したものとみなされるため、すでにした相続放棄が無効となります。
相続放棄が無効となることに伴い、発生する主な効果は以下の2点です。
①遺産分割協議への参加が必要になる
相続人として、遺産分割協議に参加しなければなりません。
遺産分割協議への参加を拒否すると、他の相続人から遺産分割調停を申し立てられる可能性があります。
②被相続人の債務を相続する
被相続人が債務を負っていた場合は、その債務を相続することになります。
可分債務(借金など)については、法定相続分に従い、相続人間で法律上当然に分割されます(最高裁昭和34年6月19日判決)。
相続人間で負担割合を合意したとしても、債権者から法定相続分に従った弁済を請求されれば、それに応じなければなりません。
特に被相続人が多額の債務を負っていた場合には、相続放棄が無効になってしまうと、予期せずその債務を相続することになってしまいます。
相続債務を支払い切れなければ、自己破産等に追い込まれてしまうこともあり得るので要注意です。
相続放棄後に預金を引き出したとしても、「バレなければいいだろう」と考える方がいらっしゃるかもしれません。
しかし、相続人には預金引き出しが簡単にバレてしまいますし、債権者にも弁護士会照会や文書送付嘱託等でバレることがあります。
相続人は、被相続人の口座がある金融機関に対して、過去の入出金履歴の開示を請求できます。
その結果、不正な出金はすぐに相続人の知るところとなります。
相続放棄をした人には、当然ながら被相続人の預金を引き出す権利がありません。
もし不正に出金をしたことがバレてしまうと、相続人から不当利得返還請求(民法703条、704条)などを受ける可能性が高いです。
被相続人の債権者も、債権回収を図るため、預金の引き出しを理由に相続放棄の無効を主張してくることがあります。
相続放棄をした人による被相続人の預金の引き出しについて、相続債権者が知るためには、いくつかの方法が考えられます。
その中でも代表的な方法が、「弁護士会照会」と「文書送付嘱託」です。
弁護士会照会とは、弁護士の依頼を受けて所属弁護士会がおこなう、公務所または公私の団体に対する照会です(弁護士法23条の2)。
弁護士会照会を受けた公務所または公私の団体は、正当な理由がない限り、照会された事項について報告をすべき義務を負います(最高裁平成28年10月18日判決)。
被相続人口座の入出金履歴についても、弁護士会照会によって債権者に開示される場合があります。
文書送付嘱託とは、民事訴訟において認められている手続きです。
当事者が書証の申出をする際、裁判所に対して、文書の所持者に対する当該文書の送付嘱託を申し立てることができます(民事訴訟法226条)。
裁判所から文書送付嘱託を受けた会社や機関などは、それに応じて該当文書を送付するのが一般的です。
被相続人口座の入出金履歴についても、文書送付嘱託によって書証提出される可能性があります。
このように、債権者によって弁護士会照会や文書送付嘱託の申立てなどがおこなわれると、相続放棄後に被相続人の預金を引き出したことがバレてしまうおそれがあるので注意が必要です。
相続放棄後に被相続人の預金を引き出したとしても、例外的に法定単純承認が成立しないケースがあります。
法定単純承認が成立しないのは、一例として以下のようなケースです。
ただし、無用な疑いの余地を生じさせないため、相続放棄をした人は被相続人の預金を引き出さないのが賢明でしょう。
相続財産を用いて、弁済期が到来した相続債務を支払うことは、相続財産の処分に当たらないと解されています。
期限の利益を放棄しておらず、相続財産の増減も生じないからです(現金や預金が減る反面、債務も減るため)。
たとえば被相続人の預貯金を引き出したものの、すでに支払い期限が過ぎている借金を返すことが目的であった場合には、法定単純承認は成立しないと考えられます。
ただし、相続放棄をした人は、そもそも相続債務を支払う義務を負いません。
したがって借金等の返済については、相続放棄をしていない他の相続人に任せればよいでしょう。
相続人が誰もいない場合には、被相続人の借金等は返さずとも問題ありません。
被相続人の預貯金を引き出したとしても、それを自ら使う意思がなく、他の相続人や債権者に対して隠してもいなかった場合には、法定単純承認は成立しないと考えられます。
このような場合には、単に相続財産を保存しているに過ぎず、隠匿したり私的に消費したりしているわけではないからです。
ただし一般的には、わざわざ被相続人の預貯金を引き出して、現金等の形で保存する必要性はありません。
このような疑わしい行為をして、相続放棄が無効になるリスクを負うことは避けるべきでしょう。
相続放棄後の預金の引き出しについて、よくある質問とその回答をまとめました。
社会通念上相当な範囲内の葬儀費用については、相続財産から支出しても相続財産の処分に当たらず、法定単純承認は成立しないと解されています。
したがって社会通念上相当な範囲内の金額であれば、葬儀費用を被相続人の預金から引き出しても、相続放棄が無効となることはありません。
しかし葬儀費用が社会通念上相当な範囲内かどうかは、被相続人の社会的立場や交友関係などに応じて個別に判断する必要があり、明確な基準がありません。
豪華な葬儀をおこなったことを債権者から指摘されて、相続放棄の無効を巡るトラブルに発展するリスクもあります。
特に相続人全員が相続放棄をする場合には、葬儀費用はできる限り、相続人の固有財産から支出することが望ましいです。
どうしても相続財産から葬儀費用を支出する必要がある場合は、あらかじめ弁護士にご相談ください。
再入金を前提として一時的に引き出すに過ぎない場合でも、相続財産の処分として法定単純承認が成立し、相続放棄が無効になってしまう可能性が高いです。
相続放棄をした場合は、一時的であっても、被相続人の預金を引き出すことは避けましょう。
相続放棄によって相続人が誰もいなくなった場合、預金を含む相続財産は「相続財産清算人」が管理します。
相続財産清算人は、相続債権者および受遺者への弁済ならびに特別縁故者への財産分与をおこなった後、最終的に相続財産を国庫へ帰属させます。
相続財産清算人は、利害関係人または検察官の申立てにより、家庭裁判所が選任します。
相続財産清算人の選任申立ての手続きについては、裁判所ウェブサイトをご参照ください。
相続放棄をする際には、その前後において法定単純承認に当たる行為をしてはなりません。
特に被相続人の預金の引き出しは、法定単純承認が問題となり得る、相続財産の処分(消費)の代表例です。
被相続人の預金を引き出したことは、相続人にはすぐにバレてしまいますし、相続債権者にも弁護士会照会や文書送付嘱託などを通じてバレてしまうことがあります。
「どうせバレないだろう」「すぐに再入金すれば大丈夫だろう」などと考えずに、相続放棄をする場合は被相続人の預金を引き出さないようにしましょう。
相続放棄に当たっては、他にも相続財産の調査を適切におこなうことや、期限に間に合うように手続きをおこなうことなどがポイントとなります。
スムーズかつ確実に相続放棄を完了するためには、弁護士に相談するのが安心です。
弁護士に依頼すれば、相続放棄に必要な手続き全般を一任できるほか、やってはいけないことなどの注意点についてもアドバイスを受けられます。
相続放棄をご検討中の方は、お早めに弁護士までご相談ください。
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