相続を考えている方にとって、特別受益は重要なポイントのひとつです。
親からの生前贈与や遺贈は、相続において「特別受益」として扱われ、他の相続人との間で不公平が生じることがあります。
特別受益のルールを理解していないと、遺産分割で思わぬトラブルに発展する可能性も。
そこで本記事では、特別受益の基本的な概要から、対象となるケース・ならないケース、計算方法、そして相続トラブルを防ぐための対策まで詳しく解説します。
本記事を読むことで、あなたのケースが特別受益に該当するかどうかがわかり、公正な遺産分割に向けた具体的な行動が明確になります。
相続人間のトラブルを未然に防ぎ、円満な相続を実現するためにも、特別受益について正しく理解しておきましょう。
特別受益とは、「相続人のなかで、被相続人から生前贈与や遺贈、死因贈与などで特別に受け取った利益のこと」です。
たとえば、以下のような場合は特別受益に該当する可能性があります。
特別受益の制度は、一部の相続人だけが被相続人から多くの財産を得て、他の相続人が不利益を被ることを防ぐためのものです。(「ポイント②遺産分割のときに特別受益の持ち戻しがおこなわれる」で詳しく解説します)
ここでは、特別受益で知っておきたい4つのポイントについて見ていきましょう。
特別受益となるのは、「被相続人から相続人への遺贈」と「特定の目的のためにおこなわれた生前贈与」の2つに限られます。
贈与の種類 | 内容 |
---|---|
被相続人から相続人への遺贈 | 被相続人が遺言によって、自分の財産を特定の人(受遺者)に無償で譲渡すること |
特定の目的(結婚・養子縁組・生計の資本)のためにおこなわれた生前贈与 | 生前に当事者間の契約により、財産を無償で他人に譲渡すること |
相続人以外への遺贈や贈与、あるいは通常の扶養義務の範囲内の贈与は原則として特別受益には含まれません。
特別受益になるもの | 特別受益にならないもの |
---|---|
・親が子の結婚式費用を負担した ・子の住宅頭金を援助した ・遺言書で子に不動産を遺贈した ・生前に子へ会社の株式や事業用資産を譲渡した ・海外留学の費用を援助した ・生前に高額な現金や財産を贈与した |
・相続人以外への遺贈や贈与 ・毎月の生活費の仕送り ・義務教育、高校までの学費 ・病気の治療費 ・一時的な生活費の貸付(返済義務がある場合) ・孫の誕生日プレゼントや日常的な贈り物 ・生命保険金 ・死亡退職金 |
特別受益に該当するかどうかを見極めるポイントは、以下のとおりです。
特別受益の対象となった財産は、相続時に相続財産へ加算されたうえで遺産分割をおこなうと定められています。
これを「特別受益の持ち戻し」と呼びます。
(民法903条1項)
たとえば、被相続人の死亡時の財産が5,000万円で、ある相続人が生前に1,000万円の贈与(特別受益)を受けていた場合、遺産分割は「5,000万円+1,000万円=6,000万円」を基準におこなわれます。
(特別受益者の相続分)
第九百三条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
引用元:民法 | e-Gov 法令検索
持ち戻しがおこなわれる理由は、相続人間の公平性を保つためです。
特定の相続人が生前に多額の財産を受け取っているにもかかわらず、それを考慮せずに遺産分割を行うと、他の相続人が不公平と感じてトラブルになる可能性があります。
そのため、生前に受けた財産を特別受益として加味したうえで遺産分割を行うことで、全ての相続人が公平に遺産を分け合えるようにしているのです。
遺贈と生前贈与では、特別受益として認められる範囲が異なります。
項目 | 対象となる範囲 |
---|---|
遺贈 | 原則として全てが特別受益になる |
生前の贈与 | 結婚や新生活のための贈与、生計の資本としての贈与に限定される(例:結婚祝い・新居購入資金・事業開始資金など) |
遺贈は基本的に全てが特別受益とみなされますが、生前贈与については特別受益となる場合とならない場合があります。
この違いは、生前贈与のなかには日常的な扶養や援助の範囲内でおこなわれるものも多く含まれ、全てを特別受益と扱うと不公平が生じる可能性があるからです。
したがって、生前贈与は「特別な利益」と認められる場合に限って特別受益として扱われることになります。
相続放棄をした者は、初めから相続人ではなかったものとみなされるため、「特別受益の対象外となる」のも押さえておきたいポイントです。
特別受益の制度は、あくまで相続人間の不公平を調整することを目的としています。
しかし、相続放棄をした相続人は遺産分割協議に参加できず、遺産を受け取る権利や義務もなくなるため、過去の贈与を他の相続人と調整する必要がなくなります。
そのため、相続放棄をした相続人が多額の生前贈与を受けていても、他の相続人は特別受益の持ち戻しを請求できません。
特別受益として認められるかどうかは、「贈与の性質や目的」が判断ポイントです。
つまり、民法903条1項に規定される「遺贈」か「生前の贈与」に該当するかが重要です。
ここでは、具体的にどのような場合に特別受益が認められるのか、代表的なケースを見ていきましょう。
結婚や養子縁組にかかる費用は典型的な特別受益であり、民法903条1項にも明確に規定されています。
具体的に、結婚のための贈与で特別受益にあたるものは、以下のとおりです。
基本的に遺産の前渡しとみなされる性質の金額が対象となります。
ただし、少額であれば扶養義務の範囲内とみなされるので、特別受益にあたる可能性は低いでしょう。
たとえば、一般的な結婚式の費用を親が負担したケースでは、それが家庭の経済状況に照らして過大でなければ、特別受益とは判断されないことが多いです。
また、普通養子縁組によって養子となった場合、養子は実親の相続人としての地位も有します。
そのため、実親が「養子に出すから、その代わりに遺産を前渡ししておこう」と高額な生前贈与をしていた場合、その養子は実親の相続において特別受益者となる可能性が高くなります。
相続人が自立して生計を立てるための元手となるような多額の贈与は、「生計の資本としての贈与」として特別受益となります。
これは、相続人の経済的基盤を形成するための援助であり、他の相続人にはない特別な利益となるためです。
その金額や性質が、通常の扶養義務の範囲を明らかに超える場合に該当します。
この「生計の資本としての贈与」は、特別受益のなかでも特に解釈の幅が広く、相続人間で意見が対立しやすいポイントでもあります。
そのため、学費・不動産・事業用資産など、具体的な項目ごとに詳しく見ていきましょう。
被相続人(親など)から子どもに、土地や住宅などの居住用不動産を無償または著しく低い価格で譲渡した場合は、特別受益と見なされることが多いです。
不動産は一般的に高額であり、その取得は生計の基盤を形成する重要な要素となるためです。
居住用不動産の贈与の例 親が長男には自宅の土地を生前贈与したが、次男にはそれに相当する財産を与えていない場合、その土地の価値は特別受益として持ち戻し計算の対象となる |
実際に特別受益に該当するかどうかを判断する際には、以下のポイントが判断材料となります。
事業承継で特定の子に会社の株式や事業用資産を生前譲渡すると、原則として特別受益にあたります。
これは家業のための資産であり、典型的な「生計の資本」と見なされるためです。
ただし、譲渡を受けた子が対価を支払ったり、会社の業績回復に貢献したりしている場合は、特別受益と認められないこともあります。
単なる贈与ではなく、事業への貢献に対する対価として認識されるためです。
注意したいのは、被相続人が後継者として必要と判断して贈与しても、他の相続人との公平性が損なわれるおそれがあるため、持ち戻しの対象になる場合がある点です。
持ち戻しが発生すると、相続時に事業資産の再調整が必要となり、事業継続が困難になることもあります。
そのため、事業の引継ぎをスムーズに行うためには、遺言で持ち戻し免除を明示したり、生前に他の相続人にも代わりの財産を贈与して公平性を保つなどの対策が欠かせません。
現在、高校までの教育費は義務教育に準じた扶養の範囲とされますが、大学や留学など、高等教育の費用は特別受益に該当する可能性が高いです。
特に海外留学のような高額な教育費は、特別受益と判断されやすい傾向にあります。
ただし、被相続人の収入や生活水準に応じて、その教育が「通常の扶養」と認められれば特別受益とならない場合もあります。
たとえば、裕福な家庭で全員が私立大学に進学するのが当たり前であれば、大学費用も扶養の範囲内と見なされることがあります。
全ての生前贈与や相続人から受けた利益が特別受益となるわけではありません。
特別受益は相続人間の公平を図る制度であり、全てを持ち戻すと逆に不公平になる場合や、そもそも民法903条の要件を満たさない場合は特別受益にあたりません。
具体的にどのようなケースが特別受益の対象とならないのか、いくつか例を解説します。
無用な争いを避けるためにも、しっかりと理解していきましょう。
親が子に対して行う通常の生活費の援助や教育費の負担など、扶養義務の範囲内と認められる贈与は、一般的に特別受益にはあたりません。
親には未成熟の子に対する扶養義務があり、その義務の履行としての支出は特別な利益とはみなされないためです。
具体例としては、以下のようなものが扶養義務の範囲内にあたります。
これらは親として当然に負担すべき費用であり、特別受益として持ち戻しの対象にすべきではないとされています。
被相続人が亡くなったことによって相続人が受け取る生命保険金(死亡保険金)は、原則として特別受益には該当しません。
生命保険金は契約にもとづき受取人に支払われる受取人固有の財産であり、そもそも遺産分割の対象となる相続財産には含まれないためです。
具体的には、以下が該当します。
ただし、例外的に、相続財産が生命保険のみであったり、遺産全体に占める割合が非常に大きかったりした場合は、特別受益に準じて考慮される可能性もあります。
また、保険料を被相続人が支払っていた場合などは、その実質に応じて判断されることもあります。
死亡退職金は生命保険と同様の考え方であり、遺産分割の対象でもなく特別受益には該当しません。
死亡退職金は被相続人の死亡によって初めて発生する権利であり、被相続人の財産ではなかったとされるためです。
ただし、「賃金の後払い」や「遺族の生活保障」という2つの側面があるため、どちらを重視するかによって特別受益の考え方も変わります。
賃金の後払い的性格が強い場合は被相続人の財産とみなされる可能性が高くなります。
また、一部の相続人だけが多額の死亡退職金を受け取った場合も、特別受益とみなされる可能性があるでしょう。
特別受益がある場合、遺産分割においては、被相続人が死亡時に有していた財産に特別受益の価額を合算した「みなし相続財産」を算出し、これをもとに各相続人の具体的な相続分を計算します。
具体的な計算手順は、以下のとおりです。
この計算によって、生前贈与や遺贈を含めた全体の財産を公平に分配できます。
ここからは、実際に特別受益を受けた相続人がいた場合に、各相続人の具体的な取得分がどのように計算されるのか、例を挙げて見ていきましょう。
事例の概要 | 内容 |
---|---|
被相続人の死亡時の財産 | 5,000万円 |
相続人 | 子Aと子Bの二人(法定相続分は各2分の1) |
特別受益の有無 | 子Aが特別受益として1,000万円の贈与を受けていた |
まず、相続財産と特別受益の価額を合算して「みなし相続財産」を算出します。
みなし相続財産=相続財産額+特別受益の額 5,000万円 + 1,000万円 = 6,000万円 |
みなし相続財産に各相続人の法定相続分を乗じて「具体的相続分」を計算します。
具体的相続分=みなし相続財産の額÷相続人の数 ・子Aの相続分は6,000万円 ÷2 = 3,000万円 ・子Bの相続分も同様に6,000万円 ÷2= 3,000万円 |
特別受益を受けた相続人は、具体的相続分から特別受益の価額を差し引いて「実際に受け取る相続財産」を算定します。
子Aはすでに特別受益として1,000万円を受け取っているため、実際に取得できる遺産を算出する必要があります。(子Bが実際に取得できる遺産は相続分の3,000万円のまま)
子Aが実際に取得できる遺産額=具体的相続分-特別受益の額 3,000万円 - 1,000万円 = 2,000万円 |
結果として、子Aは遺産から2,000万円、子Bは遺産から3,000万円を取得します。
生前贈与1,000万円と合わせて、子Aと子Bはそれぞれ合計3,000万円相当の利益を得ることになり、公平が図られます。
遺留分の計算には、亡くなった方の財産に加え、一定の条件を満たす生前贈与も含まれます。
この生前贈与のなかには、特別受益も含まれます。
(民法1043条1項)
遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人(配偶者・子・直系尊属)に法律上保障されている最低限の遺産の取り分のことです。
(遺留分を算定するための財産の価額)
第千四十三条 遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。
以下で実際の計算例を見てみましょう。
事例の概要 | 内容 |
---|---|
被相続人の死亡時の財産 | 2,000万円 |
相続人 | 三人(長男・次男・長女) |
特別受益の有無 | 長女の特別受益が7,000万円あった |
その他 | 持ち戻し免除の意思表示はなかった |
相続財産額が2,000万円、相続人が三人(長男・次男・長女)、長女の特別受益が7,000万円であった場合、持ち戻しの計算は次のとおりになります。
みなし相続財産の額=相続財産額+特別受益の額 2,000万円+7,000万円=9,000万円 |
具体的相続分=みなし相続財産の額÷相続人の数 9,000万円÷3=3,000万円 |
長女は特別受益として7,000万円を受け取っているため、長女の実際の取得額は次のように計算されます。
長女の取得額=具体的相続分-特別受益の額 3,000万円ー7,000万円=-4,000万円 |
長女は特別受益を受けたため、相続分は0円となります。
長男と次男の実際取得額=相続財産額÷2 2,000÷2=1,000万円 |
遺留分=(みなし相続財産の額÷2)÷相続人の数 (9,000万円÷2)÷3=1,500万円 |
長男と次男が実際に取得する額は1,000万円で、1,500万円を下回っているため、遺留分侵害額請求の権利が認められます。
請求額=遺留分-実際取得額 1,500万円-1,000万円=500万円 |
最終的に、長女は相続分を取得できず、長男と次男はそれぞれ1,000万円を取得します。
また、長男と次男は遺留分を満たしていないため、各自500万円の請求権を持つことになります。
遺留分について詳しく知りたい方は、以下の記事もあわせてお読みください。
これまで説明してきた特別受益の持ち戻しですが、必ずおこなわなければならないというわけではありません。
被相続人の意思によって、特定の贈与を相続分の計算から除外できます。
これを「特別受益の持ち戻し免除」といいます。
ここでは、持ち戻し免除について詳しく見ていきましょう。
「持ち戻し免除」とは、被相続人の意思表示によって特別受益の持ち戻しを免除することです。
被相続人の最終的な意思を尊重するための制度です。
(民法903条3項)
(特別受益者の相続分)
第九百三条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。
引用元:民法 | e-Gov 法令検索
持ち戻し免除は、特定の相続人に対して特別な配慮をしたい場合や、事業承継などで特定の財産を確実に引き継がせたい場合などに活用されます。
持ち戻し免除の例 被相続人が遺言書で、「長男への生前贈与1,000万円は、特別受益として持ち戻しをおこなわないこととする」などの意思表示をしていた場合、1,000万円は遺産分割の計算において持ち戻されません。つまり、みなし相続財産にその1,000万円は加算されず、長男の相続分からも控除されないことになります。 |
意思表示の方法については法的にルールがないため、口頭での意思表示も可能です。
しかし、後々のトラブルを避けるためには、遺言書など証拠が残る形での意思表示を行っていたほうがよいでしょう。
持ち戻し免除の意思表示は、遺留分を侵害することはできません。
遺留分権利者は、持ち戻し免除の意思表示があっても、自身の遺留分を侵害されている場合は遺留分侵害額請求を行えます。
遺留分は相続人の最低限の権利を保障する制度であり、被相続人の意思によっても完全に奪うことはできないためです(民法1042条)。
つまり、持ち戻し免除の意思表示があっても、それによって他の相続人の遺留分が侵害される場合には、その範囲内で持ち戻し免除の効力が制限されます。
「持ち戻し免除は遺留分を侵害することはできない」の例 被相続人の死亡時の財産が1,000万円しかなく、長男が特別受益として4,000万円を受け取り、それについて持ち戻し免除の意思表示があった場合でも、次男の遺留分が侵害されていれば、次男は長男に対して遺留分侵害額請求できる |
遺留分が侵害された場合の請求については、「遺留分侵害額(減殺)請求とは?侵害された財産を取り戻す制度を徹底解説」をお読みください。
相続財産のなかに特別受益に該当する可能性のある生前贈与や遺贈があり、それを遺産分割に反映させたいと考える場合、一定の手続きに沿って主張していくことになります。
まずは相続人間での話し合い(遺産分割協議)から始まり、そこで解決しない場合には法的な手続きへと移行するのが一般的な流れです。
ここでは、特別受益を主張する場合の具体的なステップについて詳しく見ていきましょう。
遺産はまず相続人全員で話し合い、分け方を決めます。
この話し合いのなかで、特別受益の事実と持ち戻し計算の必要性を主張します。
たとえば、「〇〇さんは生前に親から△△万円の贈与を受けているので、それを特別受益として持ち戻し計算に含めるべきだ」と提案します。
その際、なぜ特別受益にあたるのか、具体的な理由や証拠(振込明細や契約書など)を準備してから話し合いましょう。
他の相続人の理解が得やすくなり、スムーズに進められます。
遺産分割協議を成立させるには、全ての相続人の同意が必要です。
一人でも納得しない相続人がいる場合には、遺産分割調停へ進みます。
遺産分割調停では、裁判官と民間の調停委員が中立の立場で各相続人の意見を聞き、助言や仲介をしながら話し合いによる円満な解決を目指します。
遺産分割調停にかかる期間は、一般的に半年から1年程度です。
当事者同士だけで話すよりも、第三者が入ることで感情的な対立が和らぎ、冷静に話し合えるため、解決がスムーズになることがあります。
ただし、調停も話し合いが基本の手続きです。
特別受益の有無について意見がまとまらない場合は、調停が不成立となり、次に裁判所が判断する審判手続きへ進みます。
調停が不成立になると、遺産分割審判に移行します。
審判では、提出された証拠や事情をもとに裁判所が最終的な判断を下します。
遺産分割協議や調停とは異なり、審判では相続人全員の合意は必要ありません。
特別受益を認めない相続人がいても、客観的な証拠があれば特別受益の持ち戻しが認められるケースも多いです。
審判の決定は法的な効力を持ち、遺産分割の問題を最終的に解決します。
遺産分割調停にかかる期間は、一般的に半年から1年程度です。
審判では法的証拠が重要となるため、弁護士のサポートも受けながら準備をしっかり進めることが大切です。
即時抗告について詳しく知りたい方は「遺産分割審判に不服な場合は即時抗告|具体的な申し立ての流れを解説」をあわせてお読みください。
特別受益の主張には期限があり、基本的に相続開始から10年以内に行わなければなりません。
(民法第904条の3)
10年の期限を過ぎると、特別受益を主張する権利は失われ、特別受益がなかったものとして遺産分割が進められることになります。
適正な相続を実現するためには、相続が発生したら早めに弁護士に相談し、必要な手続きを進めることが重要です。
(期間経過後の遺産の分割における相続分)
第九百四条の三
前三条の規定は、相続開始の時から十年を経過した後にする遺産の分割については、適用しない。
ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
一 相続開始の時から十年を経過する前に、相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき。
二 相続開始の時から始まる十年の期間の満了前六箇月以内の間に、遺産の分割を請求することができないやむを得ない事由が相続人にあった場合において、その事由が消滅した時から六箇月を経過する前に、当該相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき
引用元:民法 | e-Gov 法令検索
遺留分計算の対象となる特別受益は、被相続人の死亡前10年以内におこなわれた贈与に限られます。
つまり、10年以上前の贈与は原則として遺留分の計算に含まれません。
(民法第1044条第1項後段)
第千四十四条
贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。
当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。
2 第九百四条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。
3 相続人に対する贈与についての第一項の規定の適用については、同項中「一年」とあるのは「十年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。
引用元:民法 | e-Gov 法令検索
たとえば、相続開始が2024年の場合、遺留分侵害額請求の計算において考慮される贈与は、2014年1月1日以降におこなわれたものに限られます。
この期間制限が設けられている理由は、古い贈与を遺留分の計算に含めると、法律関係が不安定になりかねないためです。
ただし、贈与者(被相続人)と受贈者(相続人)が、その贈与が遺留分権利者に損害を与えることを知っていた場合、例外的に10年以上前の贈与も遺留分算定の基礎に含まれることがあります。
遺留分と贈与の期間制限についてさらに詳しく知りたい方は「特別受益と遺留分の関係をわかりやすく解説!遺留分請求の流れや計算方法も紹介」もあわせてお読みください。
特別受益を主張するためには、その事実を裏付ける客観的な証拠が必要です。
特別受益の存在や価額については、原則として主張する側が立証する責任を負います。
しかし、生前贈与の事実は、当事者間で秘匿されることも多く、直接的な証拠がすぐに見つからないケースもあります。
そのような場合でも、諦める必要はありません。
間接的な証拠を積み重ねたり、被相続人の預金口座の取引履歴などを詳しく調査したりすることで、特別受益を立証できる可能性はあります。
裁判でも、さまざまな資料や状況証拠を総合的に判断して、特別受益の事実が認定されることがあるため、悩んだら弁護士への相談をおすすめします。
裁判所は全ての事情を考慮して判断するため、少しでも多くの証拠を集めることが重要です。
特別受益の証拠として、まずは預金通帳や口座の取引履歴が重要です。
相続人は金融機関の窓口で、被相続人の口座の取引履歴を開示請求できます。
取引履歴を確認することで、被相続人の口座から相続人の口座にお金が振り込まれ、その後相続人がその資金を消費した形跡があれば、生前贈与があったと推測できます。
また、被相続人が保管していた契約書や、相続人とのやり取りの記録も特別受益の証拠となる可能性があるため、これらの資料も確認しましょう。
さらに、贈与の内容に応じて、必要な証拠も異なります。
具体的に贈与の内容に応じた証拠は以下のとおりです。
贈与の内容 | 有力な証拠 |
---|---|
土地や建物の贈与 | 不動産贈与契約書 不動産登記事項証明書 |
借金の肩代わり | 借金の完済証明書や借金を返した履歴 |
学費の援助 | 学費納入に関する書類 |
生活費の援助 | クレジットカードの取引明細 |
自動車の贈与 | 自動車検査証(車検証) 登録事項等証明書 自動車の購入明細書、見積書 |
事業資金の出資 | 開業届の控え 法人の登記事項明細書 |
特別受益の証拠についてさらに詳しく知りたい方は「特別受益の証拠はなに?特別受益の紛らわしいところを徹底解説」をあわせてお読みください。
直接的な証拠がない場合でも、まずは被相続人や相続人の預金通帳や不動産関連書類を徹底的に調査し、不自然な金の流れや財産の移動がないかを確認しましょう。
たとえば、被相続人の預金が急に減少した時期と、相続人が住宅を購入した時期が一致する場合などは、状況証拠として有力です。
また、間接的な証拠を集めることも大切です。
以下のような資料は信頼されやすい傾向にあります。
それでも証拠の収集が難しい場合には、弁護士に依頼し、弁護士会照会制度などを利用して情報を収集することも有効です。
この制度は、弁護士が職務上必要とする情報を官公庁や企業に照会できる仕組みです。
特別受益に関する相続トラブルを未然に防ぐためには、生前の対策が非常に重要です。
適切な準備をしておくことで、相続人間の争いを防ぎ、円満な相続を実現できます。
ここでは、具体的な対策として以下の3つを紹介します。
相続トラブルを避けるには、生前に家族で財産状況や将来の希望をしっかり話し合うことが不可欠です。
特に、特定の相続人に多額の贈与を行う場合は、その理由や背景を他の相続人に丁寧に説明し、理解と納得を得ることが重要です。
コミュニケーションが不足すると、相続発生時に贈与の事実を知らなかった相続人の間で不満や疑念が生じ、深刻な対立に発展する恐れがあります。
定期的に家族会議を開き、生前贈与の理由や相続全体への考えを率直に話し合う機会を設けましょう。
話し合いの内容や決定事項は書面に残すことが望ましいです。
こうした場を設けることで、特別受益に関する誤解や不満を事前に解消し、相続トラブルの防止につなげられます。
被相続人が自身の意思を明確に残すための最も効果的な手段のひとつが遺言書の作成です。
遺言書は被相続人の最終的な意思を示し、遺産分割において大きな効力を持ちます。
遺言書を作成するときのポイントは、特定の生前贈与が特別受益に該当するかどうか、またその持ち戻しを免除するかどうかを明確に記載することです。
具体的には、以下のように具体的な遺産の分割方法を示すようにしましょう。
このように具体的に記載することで、相続人間の誤解を防ぎ、円滑な遺産分割を実現できます。
生命保険金は原則として特別受益に含まれないため、相続人間の公平を保つ手段として有効です。
たとえば、被相続人が長男に多額の生前贈与をしている場合、他の相続人の遺留分を守るために長男を生命保険の受取人に指定し、保険金を遺留分侵害額請求の資金に充てることが可能です。
これにより、相続人間のバランスを取れます。
ただし、こうした対策は法律や保険の専門知識が必要なため、専門家のアドバイスを受けながら進めることが重要です。
適切な助言を得ることで、相続トラブルを防ぎ、円滑な遺産分割が実現しやすくなります。
結論、特別受益でお悩みなら弁護士へ相談することをおすすめします。
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特別受益が関わる相続問題は複雑になりやすく、感情的な対立も生じやすいため、早期に弁護士に相談することを検討すべきです。
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「ベンナビ相続」で解決できた特別受益に関する代表的な事例をいくつか紹介します。
相続問題の対応にお困りの方は、ぜひ参考にしてください。
項目 | 内容 |
---|---|
得られたメリット | 兄に2,000万円の特別受益があったことを認めさせることに成功 預貯金を取得できた |
依頼者の立場 | 被相続人の娘 |
被相続人 | 依頼者の父 |
紛争相手 | 依頼者の兄弟姉妹 |
相談内容 | 依頼者の父親が亡くなり、兄との遺産分割が必要になった。遺産は預貯金と価値の低い不動産だったが、兄は預貯金を独占し、依頼者には不動産を押し付けようとしていた。不公平だと感じ、兄が生前に受けた贈与も考慮すべきだと主張したい。 |
調査の結果、父親が生前に兄へ不動産の贈与をしていたことが登記簿で判明しました。
また、金銭贈与についても複数の振込票で裏付けられました。
これらをもとに兄の特別受益を2,000万円と認めさせ、遺産に加算したうえで、ご依頼者様は預貯金の取得に成功しました。
項目 | 内容 |
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得られたメリット | 特別受益性を否定でき、1,500万円の経済的利益を獲得 |
依頼者の立場 | 被相続人の子 |
被相続人 | 依頼者の父 |
相談内容 | 相談者が組んだローンを父親が返済していたが、紛争相手はこれを特別受益と主張していた。対応に困った相談者は弁護士へ依頼。 |
弁護士が銀行担当者に連絡し、融資目的を確認して詳細な陳述書を作成した。
担当者の審尋出席も依頼し、裁判官に意見を伝えるなど柔軟に対応した結果、遺産分割審判で特別受益が否定され、約1,500万円の利益を得た。
特別受益は相続税の計算において、相続財産の一部として扱われるため、相続税額に影響を与えます。
結論、特別受益の対象となる財産によって課税の扱いが異なり、「遺贈の場合は相続税、生前贈与の場合は贈与税」が課税されることになります。
ここでは、それぞれの税金について詳しく解説します。
遺贈で取得した財産は、相続と同様に被相続人の死亡時に効力が生じ、原則として相続税の課税対象となります。
法定相続人以外の第三者(友人・団体など)が遺贈を受けた場合でも、基本的には相続税がかかります。
ただし、公益法人など一定の条件を満たす場合は非課税となることもあります。
相続税には基礎控除があり、「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算されます。
遺贈もこの課税対象の総額に含まれるため、遺贈の内容によっては相続税が発生する可能性があります。
生前贈与には贈与税がかかります。
特別受益に該当するかや、持ち戻し免除の有無とは無関係です。
贈与税は贈与があった時点で納税義務が発生するため、相続時の特別受益の扱いとは別に考える必要があります。
贈与税は年間の贈与総額にもとづき計算され、一定額を超えると課税されます。
課税方法には暦年課税と相続時精算課税の2種類があり、どちらかを選択できます。
選ぶ制度によって税負担が大きく変わることもあります。
暦年課税は1年間(1月1日〜12月31日)の贈与額に対して課税され、基礎控除額の110万円を超えた分に贈与税がかかります。
つまり、年間110万円までの贈与であれば贈与税はかかりません。
税率は10%から55%の累進課税で、贈与額が大きくなるほど税率も高くなります。
贈与税は一般に相続税よりも税率が高いですが、長期間にわたり少額ずつ贈与することで相続税対策として有効です。
また、相続開始前3年以内におこなわれた贈与は相続財産に加算されて相続税が課されるため、相続直前の贈与による税逃れを防止しています。
基礎控除以下の贈与は申告不要ですが、贈与の証明や将来的な特別受益トラブル防止のため、記録をしっかり残しておくことが大切です。
相続時精算課税制度は、贈与時に最大2,500万円まで非課税とし、相続時にその贈与額を相続財産に加算して相続税を計算する仕組みです。
この制度は、生前贈与と相続を一体として捉え、最終的に相続税で精算する考え方にもとづいています。
一度この制度を選択すると、暦年課税に戻せないため、慎重な検討が必要です。
また、贈与時の財産評価額が相続時にも適用されるため、将来的に価値が上昇する可能性のある財産(例:都心の不動産など)には有利に働くことがあります。
主に高額な財産をまとめて贈与する際に活用されますが、将来的に税額が増えるリスクもあります。
特に、贈与された財産の価値が下落した場合や、相続財産が少なく基礎控除内に収まる場合には、不利になることもあります。
特別受益とは、相続人が被相続人から生前贈与や遺贈などで特別に受けた利益のことです。
相続の公平性を保つため、特別受益は原則として「持ち戻し」の対象となり、みなし相続財産に加算して遺産分割がおこなわれます。
判断や価額の算定、証拠収集に不安がある場合は、相続に詳しい弁護士や税理士など専門家への相談を検討しましょう。
専門家のアドバイスやサポートを受けることで、複雑な問題もスムーズに解決でき、トラブルを未然に防げます。
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