被相続人が遺言により誰にどのくらいの遺産を相続させるか決めることは個人の自由ですが、兄弟姉妹を除く法定相続人にはそれぞれ財産の最低保障割合を相続する権利が法律上認められています。
これを遺産相続における遺留分といい、遺留分を加味していない遺言が作成された結果、トラブルになるケースも見られます。
また、遺留分は遺産相続が発生する前におこなわれていた一定の条件を満たす贈与、つまり特別受益についても対象となります。
とはいえ、遺留分や特別受益については考え方が難しく、何に注意しなければいけないかわからないという方も多いのではないでしょうか。
そこで本記事では、特別受益で贈与を受けた財産が遺留分の対象になるかどうかについて、わかりやすく解説します。
また、そもそも遺留分とは何か、特別受益とみなされる条件についても解説するので、あわせて参考にしてください。
特別受益は遺留分の対象となります。
ただし、特別受益全てが遺留分の対象となるわけではなく、相続開始前10年以内のものまでに限られています。
なお、遺留分の対象となる財産は以下の計算式で算出することができます。
特別受益と遺留分の関係性を理解するためには、そもそも特別受益とは何なのかについて詳しく把握する必要があります。
特別受益とは、一部の相続人だけが被相続人から得た特別な利益のことを指します。
該当する具体的な利益には、生前贈与や遺贈があります。
特別受益にあたる財産は、他の相続人からすると不公平に感じられることがあり、相続トラブルに発展する可能性もあります。
被相続人から特別受益を受けた人のことを、特別受益者といいます。
ただし、特別受益者になれるのは法定相続人に限られることを覚えておきましょう。
よくある注意点としては、孫への生前贈与や遺贈についてです。
被相続人に配偶者・子ども・孫がいた場合、孫は相続人ではないため、孫に生前贈与や遺贈をおこなっても特別受益とはみなされません。
ただし、孫への生前贈与や遺贈が、実質的に孫の親である子どもにおこなわれていると判断されれば、特別受益とみなされることもあります。
特別受益とみなされる贈与には、主に以下の3種類があります。
しかし、条件によっては特別受益とみなされないこともあります。
生前贈与は特別受益とみなされる贈与のひとつです。
しかし、生前贈与全てが特別受益としてみなされるわけではなく、遺産の前渡しといえるかどうかが判断のポイントとなります。
なお、特別受益について民法第903条第1項では、以下のように定義されています。
(特別受益者の相続分)
第九百三条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
引用元:e-Gov法令検索|民法
かつては民法に記載のとおり、婚姻もしくは養子縁組のための費用である持参金や結納金、結婚式の費用などが特別受益にあたるとされていました。
しかし、核家族化が進んだ現在では、結納金や結婚式の費用は扶養義務の履行や社交上の費用として捉えられることが一般的です。
また、「生計の資本」には、生活費や不動産、有価証券などが含まれますが、これらについても「遺産の前渡し」であるかどうかという観点から判断されることになります。
遺言書で指定された贈与のことを遺贈といいます。
特別受益の対象となるのは相続人を対象とした遺贈のみですが、遺留分の対象となるのは相続人に対する遺贈に限られません。
死因贈与とは、被相続人が生前に特定の人物と「被相続人が亡くなった際には、特定の人物に〇〇を贈与する」という旨の契約を結んでいた場合に発生する贈与です。
なお、こちらも特別受益の対象となるのは、相続人を対象としたものに限られますが、遺留分の対象となるのは相続人に対する死因遺贈に限られません。
以下のようなケースの場合、特別受益の対象とはなりません。
特別受益の対象となるのは、相続人を対象におこなわれたものに限られます。
そのため、生前贈与や遺贈、死因贈与がおこなわれていたとしても、それが被相続人の孫のような相続人以外の親類や、被相続人の友人など第三者を対象としたものであった場合、特別受益とはみなされません。
ただし、遺留分の対象となるのは特別受益に限られないため、特別受益に該当しなくとも遺留分の対象となることはあります。
基本的に配偶者は相続人とみなされるため、配偶者に贈与がおこなわれた場合、特別受益とみなされることがありますが、おしどり贈与とも呼ばれる夫婦間でおこなわれた居住用不動産に関する贈与に関しては特別受益とみなされません。
具体的には、20年以上婚姻期間がある配偶者に対して居住用不動産を贈与した場合には、特別受益の対象とはなりません。
ただし、このような贈与は特別受益の対象にはなりませんが、遺留分の請求対象範囲には含まれるため、注意が必要といえます。
生命保険や死亡退職金は、一般的に特別受益とはなりません。
しかし、特別受益かどうかの判断基準は、あくまで「遺産の前渡し」にあたるかどうかであるため、例外的に特別受益とみなされるケースもあります。
特別受益が遺留分の対象となることを踏まえたうえで、そもそも遺留分とは何かについて確認しておきましょう。
遺留分とは、一定の法定相続人に保証された相続における最低限の取り分です。
ただし、全ての法定相続人に受け取る権利があるわけではなく、被相続人の兄弟姉妹はその対象から外れます。
なお、遺留分を受け取れる割合は以下のように相続人の組み合わせごとに異なります。
相続人の組み合わせ |
相続人全員の遺留分割合 |
各相続人の遺留分割合 |
配偶者のみ |
1/2 |
配偶者 1/2 |
配偶者と子ども |
1/2 |
配偶者 1/4、子ども 1/4 |
配偶者と父母 |
1/2 |
配偶者 1/3、父母 1/6 |
配偶者と兄弟 |
1/2 |
配偶者 1/2、兄弟 なし |
子どものみ |
1/2 |
子 1/2 |
父母のみ |
1/3 |
父母 1/3 |
兄弟のみ |
なし |
なし |
※子どもと父母が複数人いる場合は、その人数で均等に分ける
例1:子どものみで子どもが3人いる場合は、1/2÷3=1/6ずつ
例2:父母が両名とも存命している場合は、1/3÷2=1/6ずつ
具体例として、以下の条件における相続人ごとの遺留分を計算してみましょう。
まず、相続人の組み合わせが配偶者と子どものケースとなるため、相続財産のうち2分の1である1,500万円が遺留分として扱われる財産になります。
続いて、配偶者の遺留分割合は相続財産全体のうち4分の1となるため、遺留分として750万円を受け取ることが可能です。
最後に、子どもの遺留分割合は相続財産全体のうち4分の1となりますが、今回のケースでは子どもが2人いるため按分し、子ども1人あたり375万円を遺留分として受け取ることが可能です。
遺留分を算定する際には、相続財産のほかに条件を満たした生前贈与についても加味をする必要があります。
以下では、生前贈与のうち遺留分の対象となる生前贈与について紹介します。
特別受益は遺留分の対象となりますが、相続開始前10年以内におこなわれたものに限られます。
特別受益以外の生前贈与の場合は、相続開始前1年以内におこなわれたものに限り、遺留分の対象となります。
相続開始前1年以内におこなわれたものであれば、贈与の対象が相続人以外の場合でも遺留分の対象となります。
贈与者と受贈者がお互いに遺留分を侵害することをわかったうえで生前贈与をおこなっていた場合は、期限を問わず遺留分の対象となります。
具体例としては、全ての遺産を対象に贈与契約を結んだ場合、相続人の遺留分を侵害することが目に見えてわかるため、遺留分を侵害することをわかったうえでの生前贈与とみなされる可能性は高いでしょう。
以下では、特別受益について加味した場合の遺留分の計算方法を紹介します。
まずは、遺留分の対象となる財産を計算します。
遺留分の対象となる財産は、以下の計算式で算出することが可能です。
その後、遺留分の対象となる財産に対して相続人の組み合わせに応じた遺留分割合をかけ合わせることで、相続人それぞれの遺留分を計算できます。
具体例として、以下の条件における相続人ごとの遺留分を計算してみましょう。
まず遺留分の対象となる財産を計算します。
今回のケースでは、相続財産5,000万円と子どもへの生前贈与500万円が遺留分の対象となり、あわせて5,500万円となります。
続いて、相続人それぞれの遺留分を計算します。
今回のケースでは、配偶者と子どもが相続人である場合の遺留分割合が適応されます。
配偶者の遺留分割合は、遺留分の対象となる財産全体に対して4分の1となるため、配偶者の遺留分は1,375万円となります。
子どもの遺留分割合も、遺留分の対象となる財産全体に対して4分の1であるため、子どもの遺留分は1,375万円となりますが、ここからすでに得ている特別受益の額を差し引きます。
今回のケースでは、特別受益は500万円でしたので、1,375万円から差し引き、875万円が子どもの遺留分となります。
特別受益や生前贈与によって、自身の遺留分がほかの相続人により侵害されていた場合、遺留分侵害額請求を起こすことで侵害額を取り戻せる可能性があります。
以下では、遺留分侵害額請求を起こす際の大まかな流れを紹介します。
遺留分侵害額請求をおこなうためには、遺留分を侵害されているという事実を示す必要があります。
そのためにはまず、自身の遺留分がどのくらいなのかを計算しましょう。
なお、自身が受け取れるはずの遺留分を計算するためには、以下の要素を確認しましょう。
自分の遺留分を確認したら、すでに相続している財産と比較をおこない、遺留分の侵害が発生しているかを確認しましょう。
この際に、自身が特別受益を得ていた場合などは、それを加味して侵害が発生しているかどうか確認する必要があります。
遺留分侵害の事実が確認できたら、まずは遺留分を侵害している相手と直接協議をおこないます。
なお、協議の方法は対面に限らず、電話やメールなどのやり取りでも問題ありません。
相続人間で金銭についての交渉をおこなうことへの引け目がある方や、交渉をおこなうのがそもそも苦手という場合は、このタイミングで弁護士に相談するのもひとつの方法といえるでしょう。
相手との交渉がまとまらない場合、内容証明郵便を用いて遺留分の請求をおこないます。
内容証明郵便には支払いを強制する能力こそないものの、遺留分の請求をいつ誰が誰に対しておこなったのかを公的に残せるので、裁判などに発展した際にも証拠として利用することが可能です。
また、相手に対して支払いのプレッシャーを与えることにも繋がるでしょう。
話し合いや内容証明郵便の利用を経ても交渉が決着しない場合、遺留分侵害額請求調停を家庭裁判所に申し立てます。
調停の申し立ては基本的に相手方の住所地の管轄裁判所でおこないます。
双方の合意があれば、ほかの家庭裁判所の利用も可能です。
遺留分侵害額請求調停では調停委員を交えた話し合いがおこなわれ、お互いの主張についてすり合わせをおこないます。
遺留分侵害額請求調停を起こしても決着しない場合は、遺留分侵害額請求訴訟を起こします。
遺留分侵害額請求訴訟を起こすためには、原則として以下の書類が必要となります。
なお訴状の提出先は遺留分侵害の請求額によって変化します。
請求額が140万円以下の場合は被相続人の最後の住所地の管轄簡易裁判所、140万円以上の場合は管轄地方裁判所となります。
特別受益と遺留分の問題については、専門家である弁護士に対応を任せることもひとつの方法です。
以下では、弁護士に依頼することのメリットを紹介します。
遺留分侵害額請求をおこなう際には、遺留分侵害の事実をあらかじめ確認する必要があります。
しかし、遺留分の侵害を確認するためには、相続財産の全容を把握したうえでほかの相続人への特別受益や生前贈与についても確認をしなくてはいけません。
弁護士に依頼することで遺留分の計算を任せられるため、時間的な負担を軽減することが可能です。
また、このメリットは遺留分の侵害額請求を受けた際に、事実確認をおこなうためにも役立つといえます。
遺留分侵害額請求をおこなうためには、相手方との交渉や内容証明郵便の送付、裁判所への申し立てなどさまざまな手続きが発生します。
弁護士に遺留分侵害額請求を依頼することでこれらの手続きを一任することが可能です。
交渉時の書面や提出書類の作成についても対応してもらえます。
遺留分侵害額請求をおこなう場合、親族間で金銭面の交渉をおこなう必要があり、関係性が悪化したり精神的に大きなストレスを抱えてしまったりしてしまいます。
弁護士に遺留分侵害額請求を依頼することで、相続人間での交渉を一任することができます。
その結果、精神的なストレスや時間的な負担を軽減できるほか、確実性の高い対応が期待できます。
遺留分侵害額請求を弁護士に依頼することで、トラブルの早期解決が望めます。
遺留分侵害額請求の対応実績が豊富な弁護士なら、交渉をおこなう際のポイントや手続きの際に準備すべき対応などを熟知しており、スピーディーな解決が期待できるでしょう。
遺留分と特別受益の関係性は非常に複雑で、問題を解決するためには専門的な知識を身につける必要があります。
そのため、遺留分侵害額請求を検討するなら、まずは弁護士に一度相談してみることをおすすめします。
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遺留分や特別受益についての問題を解決できるよう、本記事や弁護士からのアドバイスを参考にしてみてください。
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