「父親から今の段階で遺留分を放棄してほしいといわれたが、損をしそうで怖い」「遺留分放棄の念書を書かされたが、今からでも自分の遺留分を主張したい」など、遺留分が原因で相続問題が深刻化するケースは少なくありません。
遺留分とは、一定範囲の法定相続人に与えられた相続財産に対する最低限の保障額のことです。
遺留分は被相続人の意思を反映した遺言書の内容にも優るものですが、その一方で、権利者自らが放棄することもできます。
ただし、遺留分の放棄を適切な形でおこなわない場合、放棄が無効になったり、相続トラブルや争いの原因になったりするため、注意する必要があります。
本記事では、遺留分の放棄に関する家庭裁判所の手続き方法や、遺留分放棄の注意点などについてわかりやすく解説します。
まずは、遺留分の放棄とはどのような手続きなのか、基本的な知識について整理していきましょう。
遺留分とは、一定範囲の法定相続人に対して保証される最低限もらえる遺産の取り分です。
ここでいう法定相続人とは、民法で定められた被相続人の財産を相続できる人物のことであり、配偶者・子ども・直系尊属に限られます(兄弟姉妹に遺留分はありません)。
本来、相続財産は被相続人のものなので、被相続人本人が財産の行方を遺言書によって自由に決定できます。
しかし、相続財産の処分方法を被相続人の意向のみで決めてしまうと、被相続人の近親である相続人たちが一切財産を承継できず、遺族の生活が保障されないリスクが生じかねません。
たとえば、「全ての遺産を愛人に贈与する」という遺言がそのまま適用されてしまうと、配偶者や子どもなどの遺族が一切遺産を受け取ることができなくなってしまいます。
したがって、遺留分は一定範囲の法定相続人に対して最低限の経済的利益を保障する制度といえるでしょう。
遺留分の割合は、以下のように法定相続人の組み合わせによって異なります(民法第1042条)。
相続人の組み合わせ | 相続人全員の 遺留分割合 | 各相続人の遺留分割合 |
---|---|---|
配偶者のみ | 1/2 | 配偶者 1/2 |
配偶者と子ども | 1/2 | 配偶者 1/4、子ども 1/4 |
配偶者と父母 | 1/2 | 配偶者 2/6、父母 1/6 |
配偶者と兄弟 | 1/2 | 配偶者 1/2、兄弟姉妹 なし |
子どものみ | 1/2 | 子 1/2 |
父母のみ | 1/3 | 父母 1/3 |
兄弟姉妹のみ | なし | なし |
※子どもと父母が複数人いる場合は、その人数で均等に分ける
たとえば、相続人が子ども三人のみの場合には、2分の1を三人で分けることになるため、遺産を6分の1ずつ受け取ります。
なお、遺留分の権利者が自己の遺留分を侵害された時には、2019年6月30日以前に発生した相続であれば「遺留分減殺請求」、それ以降の相続であれば「遺留分侵害額請求権」を行使することによって遺留分を取り戻すことができます。
遺留分の放棄とは、遺留分権利者である一定範囲の法定相続人が自身の遺留分を手放すことです。
遺留分は被相続人の意思によっても奪うことはできませんが、権利者本人の意思に基づくものであれば自由に放棄することができます。
なお、一部の法定相続人が遺留分を放棄したとしても、ほかの法定相続人の遺留分が増えるということはありません。
また、一度遺留分放棄をするとあとから撤回するのは難しいので、遺留分放棄をする前に慎重に判断する必要があります。
遺留分放棄と混同されることが多い概念として、「相続放棄」があります。
相続放棄とは、相続人が被相続人に属していた一切の権利義務の承継を拒否することです。
このため、相続放棄をすると、当該人物は最初から相続人ではなかったものとして扱われ、資産・負債を含めた全ての財産について一切の承継ができなくなります。
これに対して、遺留分放棄の場合は遺留分を請求する権利を放棄するにとどまり、相続人である地位はそのまま維持されます。
したがって、一定の財産を相続することが可能です。
また、相続放棄は被相続人の死後にしか手続きをおこなえませんが、遺留分放棄であれば、被相続人の生前・死後のどちらのタイミングでも手続きをおこなえます。
遺留分放棄と相続放棄の主な違いは、下記のとおりです。
遺留分放棄 | 相続放棄 | |
---|---|---|
放棄するもの | 遺留分を請求する権利 | 相続権 |
相続人としての地位 | 変わらない | 相続人にならない |
遺産相続 | 相続できる | 相続できない |
遺産分割協議 | 参加できる | 参加できない |
手続きのタイミング | 生前・死後の両方 | 死後のみ |
相続開始前の手続き | 家庭裁判所の許可が必要 | できない |
相続開始後の手続き | 当事者の意思表示のみ | 3ヵ月以内に家庭裁判所に相続放棄の申述が必要 |
このように、遺留分放棄と相続放棄は全く別の効果・手続きの制度です。
相続の状況や関係者の意向によってどちらの手続きを選択するべきか異なります。
当事者だけで判断することが難しい場合には、できるだけ早く遺産相続に強い弁護士に相談しましょう。
被相続人の生前・死後のどちらのタイミングで遺留分放棄をするかによって手続き方法は異なります。
ここでは、遺留分の放棄をする際の手続きの流れについて解説します。
被相続人が存命中に遺留分放棄をする際には、家庭裁判所の許可が必要です(民法第1049条第1項)。
これは、被相続人が強制的に遺留分放棄を迫ることによって、相続人の意に反して遺留分放棄を約束させられるおそれが考えられるためです。
具体的な手続きの流れは、以下のとおりです。
被相続人の生前に遺留分放棄の許可を求めるときには、遺留分を有する相続人が、被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てをおこないます。
申立ての際には、家庭裁判所に申し立てる本人が以下の必要書類を提出します。
また、このほかに収入印紙800円分と連絡用の郵便切手代が必要です。
必要書類を提出してからしばらくすると、家庭裁判所から申立人宛に照会書が届きます。
照会書では、生前贈与の内容や被相続人の財産、遺留分放棄が申立人自身の意思によるものかなどについての確認事項が含まれます。
正確に回答し、期限内に裁判所へ返送しましょう。
必要書類や照会書を受理した裁判所は、必要に応じて申立人から直接事情を聴き取る場合があります。
これは、提出した書類から遺留分放棄の適否を判断することが難しいためです。
基本的な内容は照会書と同じような内容ですが、具体的な遺留分放棄の理由などについては、裁判官から改めて確認されます。
正確かつ率直に答えるようにしましょう。
照会書の返送や審問が完了すると、家庭裁判所による審査がおこなわれます。
審査では、家庭裁判所の基準により、遺留分放棄の許可・不許可が決定されます。
なお、家庭裁判所では、以下の事項を基準に、遺留分放棄に合理的な理由と必要性があるかどうかを判断します。
関係者の状況や個別具体的なやり取りなどの事情が総合的に考慮されるのです。
審査の結果、遺留分の放棄が認められた場合には、審判によって遺留分放棄の許可が下ります。
家庭裁判所から遺留分放棄の許可が決定されると、申立人に通知が届きます。
この許可が下りると、遺留分放棄許可に関する証明書の発行を申請することができます。
証明書を発行してもらい、被相続人やほかの相続人に遺留分放棄が正式に認められたことを共有しましょう。
被相続人の生前に遺留分放棄をする場合とは異なり、被相続人の死後に遺留分放棄をする場合には、裁判所の許可は必要ではありません。
というのも、死後に遺留分放棄をする際には相続人の意向によって被相続人の判断が歪められることがないからです。
被相続人の死後に遺留分放棄をする際には、遺留分権利者が遺留分侵害者に対して「遺留分侵害額請求権を行使しません」と意思表示するだけで足ります。
なお、遺留分放棄の旨の意思表示を積極的におこなわなかったとしても、遺留分権利者が「相続が開始したことおよび遺留分を侵害する遺言・贈与があったことを知ってから1年以内」に遺留分侵害額請求権を行使しなければ、実質的に遺留分放棄をしたのと同じ状況になります。
なぜなら、遺留分侵害額請求権は権利を行使できる時から1年で消滅時効にかかるからです(民法第1048条)。
遺留分の放棄をするべきか否かは、個別的な事情によって適否は異なるため、関係者それぞれの立場で頭を悩ませる問題です。
しかし、一般的には、遺留分放棄について納得できるだけの理由があるかどうかが、判断するひとつのポイントになるといわれています。
ここでは、遺留分を放棄すべきケースと放棄すべきではないケースについて、紹介します。
遺留分を放棄するべきケースとは、遺留分放棄について納得できる場合です。
たとえば、「遺留分放棄をする代わりに、被相続人が経営していた会社の代表取締役に就任してほしい」という遺言書が残されており、それ納得して事業を引き継ぐ場合は、遺留分放棄には合理的な理由があるといえるでしょう。
また、遺留分放棄をする代わりの見返りが一切ない場合でも、納得できる理由があるなら、遺留分放棄は正しい選択になることもあります。
たとえば、「私が死んだあとの妻の生活が心配なので、子どもたちには遺留分を全て放棄してほしい」という故人の希望が遺言書に記載されている場合です。
この気持ちを尊重したいと考えるならば、遺留分侵害額請求権をおこなわず、被相続人の妻に全ての相続財産を承継させる選択肢も考えられます。
遺留分放棄について納得できる理由があるかどうかを判断するためには、個別具体的な事情を丁寧に考慮する必要があります。
ただし、遺言書の内容に納得できるのであれば、遺留分放棄をしても問題はないといえるでしょう。
遺留分を放棄するべきでないケースとは、遺言書の内容に満足できるものではなく、遺留分の放棄をすることが適切とはいえない場合です。
たとえば、「被相続人の財産は全て不倫相手に贈与する」というような遺言書の場合、遺留分放棄に同意をしてしまうと、被相続人の家族は一切経済的な利益を享受できなくなってしまいます。
このようなケースでは、遺留分放棄をするのではなく、遺留分侵害額請求権を行使して、各法定相続人が自身の遺留分だけでも確保するべきでしょう。
なお、遺留分侵害額請求権の行使にはタイムリミットが設けられています。
可能な限り早いタイミングで、遺産相続問題に強い弁護士まで相談することをおすすめします。
遺留分の放棄をする際には、注意すべきポイントがいくつかあります。
遺留分放棄の手続きを進める前に、以下の点について確認しておきましょう。
遺留分放棄について裁判所から許可を受けると、原則として遺留分放棄を撤回することはできません。
なぜなら、家庭裁判所は遺留分放棄の許可の申し立てがあった時点での遺留分権利者の意向が適切なものであるのかを判断しているからです。
「やっぱり遺留分放棄はしたくないから」「申立てをした当時とは気分が変わったから」という安易な理由で遺留分放棄の撤回が認められると、法的安定性が失われてしまいます。
ただし、遺留分放棄の撤回が常に認められないわけではありません。
具体的には、以下のふたつのケースで遺留分放棄の撤回・取消しをすることが可能です。
また、遺留分放棄が詐欺・錯誤・脅迫によって誘導されたようなケースでは、遺留分権利者の自由意思によっておこなわれたとは評価できないため、撤回・取消しの可能性を見出せます。
ただし、遺留分放棄を撤回・取り消すためには、家庭裁判所に対して遺留分放棄許可の取消しを求める申立てをおこなって、許可を取る必要があります。
また、過去の家庭裁判所の判断を覆すだけの証拠を準備しなければいけないので、撤回・取消しのハードルは相当高いことは押さえておきましょう。
相続をめぐるトラブルでは、「遺留分を放棄する」という念書を書かされる場合があります。
しかし、相続が発生する前の「遺留分放棄をする」という念書は無効です。
なぜなら、被相続人の存命中に遺留分放棄をするには、必ず家庭裁判所の許可が必要だからです。
このため、「遺留分放棄の念書があるから、遺留分侵害額請求権は認められないはず」「遺留分放棄の念書を作った遺留分権利者は相続する資格はない」という主張は一切認められません。
これに対して、相続発生後の遺留分放棄は遺留分権利者の意思表示にのみによっておこなうことができるので、「遺留分を放棄する」という念書は有効なものと扱われます。
たとえば、遺留分を侵害するような遺言があって、遺留分侵害額請求がなされると相続処理が難航しそうな状況なら、特定の遺留分権利者に遺留分放棄の念書を書いてもらうのも選択肢のひとつでしょう。
遺留分放棄を旨とする念書の効力は、被相続人の生前・死後で取扱いが全く異なります。
安易な判断で念書を作成すると、それが想像以上に自らを不利な状況に追い込んでしまう可能性もあるため、作成する前に弁護士まで相談するようにしましょう。
遺留分の放棄は、遺留分権利者の立場に大きな影響を与えるものです。
当事者だけの安易な判断で遺留分放棄の話題をもちかけると、双方の信頼関係が崩れて遺産相続問題が深刻化しかねません。
ベンナビ相続では、遺留分放棄などの遺産相続問題に強い弁護士を数多く掲載しています。
「現段階で遺留分放棄をするのが適切か判断してほしい」「被相続人のひとりに遺留分放棄をさせるための話し合いを代理してほしい」などのさまざまなニーズにも丁寧に対応してくれます。
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