遺留分制度と寄与分制度が衝突することによって、遺産相続トラブルが発生するケースは少なくありません。
遺留分は、一定範囲の法定相続人に最低限の金額は相続されることを保障するものです。
一方、寄与分は生前被相続人のために貢献を果たした相続人が通常の法定相続分に上乗せした金額を受け取ることができる制度をいいます。
両者はそれぞれ別の目的で制定された制度ですが、遺産をめぐる状況次第では対立関係が生じる可能性があります。
そこで本記事では、寄与分・遺留分それぞれの意味や、寄与分と遺留分が同時に問題になる事案の解決方法などについてわかりやすく解説します。
寄与分と遺留分は、いずれも「被相続人に関係する一定の人物が主張できる」という意味において共通していますが、実態は全く異なる制度です。
さらに、別々の制度であるというだけではなく、相続発生時の状況次第では寄与分と遺留分が衝突する結果、一方が他方を侵害するという事態が生じることもあります。
まずは、寄与分と遺留分がそれぞれどのような制度なのかについて解説します。
【寄与分と遺留分の違い】
比較項目 |
寄与分 |
遺留分 |
対象となる相続人 |
特別の寄与をした相続人 |
兄弟姉妹以外の法定相続人 |
目的 |
被相続人の財産維持・増加に特別の寄与をした共同相続人が、法定相続分から増額された金銭を受け取るため |
一定範囲の法定相続人が最低限受け取ることができる相続財産を保障するため |
権利を行使する方法 |
・遺産分割協議での話し合い ・協議がまとまらないときには調停もしくは審判で決定 |
・遺産分割協議での話し合い ・遺留分侵害額請求 ・遺言無効確認請求 |
寄与分とは、被相続人の財産の維持や増加について特別の寄与をした相続人に対して、貢献した度合いに応じて法定相続分に加えて増額分を振り分ける制度のことです(民法第904条の2第1項)。
たとえば、死亡した親の事業を息子が給与などを受け取ることなく手伝っていた場合や、被相続人の配偶者が長期間にわたって献身的に療養介護をおこなっていた場合などに、寄与分が加算されます。
一定の相続人に対して寄与分を分配するかどうか、分配するとして寄与分の金額をいくらに設定するかは、共同相続人間の話し合いで決めるのが一般的です。
ただし、寄与分を認めることは他の共同相続人が受け取る金額の減額を意味するため、相続人同士の話し合いが難航するケースも少なくありません。
このような事案では、特別な寄与をした共同相続人が、その他の共同相続人を相手方にして、家庭裁判所に対して調停・審判を申し立てることになります。
そして、家庭裁判所では寄与の時期・方法・程度や相続財産の額などの一切の個別事情を総合的に考慮したうえで判断が下されます(民法第904条の2第2項)。
具体的には、以下のような事情があれば寄与分が認められやすくなると考えられます。
なお、寄与分を求める調停には、寄与分を含めた遺産分割方法全般を決める「遺産分割調停」と、寄与分を決めるための調停「寄与分を定める処分調停」があります。
どちらかを申し立てれば寄与分に関する話し合いができますが、遺産相続について終局的な解決を目指す場合には、両者を同時に申し立てて併合審理してもらうのが好ましいでしょう。
遺留分とは、一定範囲の相続人に対して、被相続人の意思・遺言によっても奪うことができない遺産の一定割合の留保分を保障する制度のことです(民法第1042条)。
遺留分を主張できるのは、兄弟姉妹以外の相続人、つまり「配偶者、子ども(代襲相続人を含む)、直系尊属(被相続人の父母、祖父母)」です。
また、遺留分の割合は以下のように定められています。
遺留分の制度は、被相続人の遺族の生活を経済的に最低限保障することを目的としています。
たとえば、「被相続人の意思に基づいて不倫相手に全財産を遺贈する」という事態が認められると、相続人が不当に利益を侵害されるのは明らかでしょう。
生前贈与や遺贈によって遺留分を侵害された相続人(遺留分権利者)は、遺留分侵害額請求を申し立てることになります。
なお、遺留分が侵害されたときには、遺留分権利者と侵害者・遺言執行者などとの交渉で解決を目指すか、遺留分侵害に関する調停・訴訟で終局的解決を目指すことも可能です。
また、状況次第では遺言無効確認請求という選択肢による権利保全も考えられます。
遺留分は、一定範囲の法定相続人が当然主張できる最低保障額です。
これに対して、寄与分は被相続人に対して特別な貢献をした相続人が受け取ることができる、いわばボーナスのようなものです。
つまり、遺留分を優先することによって充分な寄与分を受け取ることができなかったり、貢献度に応じた寄与分を認めることによって共同相続人が遺留分を侵害されたりするなど、遺留分と寄与分が衝突する場面があり得るということです。
ここからは、寄与分と遺留分をめぐるトラブルに発展しやすい論点について解説します。
生前贈与によって一定範囲の法定相続人の遺留分を侵害している場合、遺留分侵害額請求をされる可能性が高いでしょう。
そして、「生前贈与は寄与分として受け取っただけ」という理由で、遺留分侵害額請求を拒絶することはできません。
なぜなら、寄与分は、遺留分とも調整をしながら定められるものであり、遺留分侵害額請求そのものを拒絶できる法的根拠がないからです。
「被相続人にしっかりと貢献したのだから、遺留分を侵害したとしても寄与分を受け取れるはずではないか」と思われるかもしれませんが、そもそも遺留分侵害額請求の対象は「遺贈」と「贈与」であり、生前贈与も「贈与」に当たる以上、遺留分侵害額請求の対象となることは免れません。
遺言者の意思にかかわらず相続人の経済的利益を保障する制度であることを忘れてはいけません。
特別な寄与をした方にとっては納得できない部分も少なくはないでしょうが、遺留分侵害額請求をされたときには、請求そのものを拒絶することはできず、相当額の支払いをしなければならない可能性は否定できません。
金額面での交渉をしたいときには、弁護士のサポートを受けることをおすすめします。
では、遺留分侵害額請求をされたときは、寄与分と遺留分はどのように調整すれば良いのでしょうか。
遺留分を侵害するような寄与分は定めることができないのでしょうか。その点について整理してみたいと思います。
まず、寄与分の金額を決定するときには、寄与の態様や相続財産の金額などが総合的に考慮されます。
そして、「寄与分の金額を決定するときには、遺留分を侵害してはいけない」というルールは存在しません。
つまり、法律上は、他の相続人の遺留分を侵害するほどの高額な寄与分を定めることも不可能ではありません。
ただし、遺留分とは、相続人の経済的利益を保証する制度ですから、実際に争いとなれば、他の相続人の遺留分を侵害するほど高額・高割合の寄与分を認定することに合理性・公平性がないとしてそのような寄与分が認められない可能性は否定できません。
現に、裁判例のなかには、「寄与分の制度は、相続人間の衡平を図るために設けられた制度であるから、遺留分によって当然に制限されるものではない。・・・・だからといって、これを定めるにあたって他の相続人の遺留分を考慮しなくてよいということにはならない。
むしろ、先に述べたような理由から、寄与分を定めるにあたっては、「これが他の相続人の遊留分を侵害する結果となるかどうかについても考慮しなければならないというべきである。」との意見を述べたものもあります(東京高決平成3年12月24日)。
そのため、特別な寄与の程度や法定相続人の数、相続財産の金額次第では、結果的に寄与分の金額が遺留分に配慮したものになることもあり得るでしょう。
結論からいうと、寄与分が認められた相続人に対する遺留分侵害額請求は認められません。
なぜなら、遺留分侵害額請求の対象は受遺者および受贈者に限られるからです(民法第1046条第1項)。
そもそも、寄与分は当事者間の協議や調停、審判を経て金額などが決定されます。
適法な手続きを経て決定された寄与分が後発的な遺留分侵害額請求によって左右されるのは、法的安定性を欠く事態といえるでしょう。
ここでは、寄与分と遺留分侵害が衝突する具体的な場面について解説します。
まず、自分の寄与分が他の法定相続人の遺留分を侵害する事例について解説します。
概要については、以下のとおりです。
このケースの場合、Aに対して1,800万円の寄与分を認めると、寄与分を除いた相続財産は600万円になります。
残りの600万円をABCで均等に割り振ると、ABCそれぞれの法定相続分は200万円ずつと算出されます。
ここで、相続人が子どもだけなので、遺留分は子ども3人合計で1,200万円、ABCそれぞれ400万円ずつが割り当てられるはずです。
つまり、Aに高額の寄与分を認めることによって、BCの遺留分が200万円ずつ侵害されるという事態が発生するということです。
そして、寄与分の金額を決定するときには、遺産相続をめぐる諸般の事情が総合的に考慮されます。
もちろん、「遺留分を侵害するかどうか」という要素を必ず考慮しなければいけないという法律上の決まりは存在しません。
ただし、過去には寄与分の金額を決定する際には、他の相続人の遺留分を侵害してしまう可能性についても考慮しなければならないとの判決が下された例があります(東京高決定平成3年12月24日)。
なお、すでに生前贈与でAが1,800万円を受け取っている場合や、遺言書においてAに1,800万円を贈与する旨が記載されている場合には、そのお金は寄与分としてもらっている訳ではないので、BCからの遺留分侵害額請求に対抗することはできません。
次に、以下のように自身の寄与分が、ほかの相続人が遺留分侵害をしている場合について見てみましょう。
遺贈された財産が1,800万円存在することから、ABCが実際に遺産分割する財産は1,200万円だけです。
そのうち、Aの寄与分は600万円存在するため、600万円(1,200万円 - 600万円)をABC3人で均等に分配しなければいけません。
結果として、Aは800万円(600万円+200万円)、BCはそれぞれ200万円ずつ相続によって受け取ることになります。
しかし、相続財産は合計3,000万円なので、本来であれば子ども3人合計で1,500万円、ABCそれぞれ500万円ずつの遺留分が存在するはずです。
遺留分以上の金額を受け取ることができたのは寄与分が認められたAだけであり、BCはそれぞれ遺留分に300万円ずつ満たない金額しか受け取ることができていません。
ここで、「BCが遺留分を侵害されている点」に注目すると、BCそれぞれがDに対して遺留分侵害額請求をする余地があるかのようにも思えるでしょう。
この前提に立つなら、侵害額300万円をBCがそれぞれDに対して請求することによって、A800万円、B500万円、C500万円、D1,200万円という遺産分割で決着します。
ただし、この遺産分割方法では、ABC合計で1,800万円を受け取っていることになります。
したがって、本件では「ABCの遺留分が合計で300万円(1,500万円 - 1,200万円)侵害されている点」を重視し、ABC3人でDに対して300万円を上限に遺留分侵害額請求をできるとするのが判例実務です。
結果として、ABCDそれぞれの遺産分割額は以下のとおりに落ち着きます。
遺留分と寄与分はそれぞれ単独でも処理が難しいものですが、遺留分と寄与分が同時に問題になると、事態はさらに複雑化する可能性が高まります。
法律に詳しくない素人だけで遺産分割協議をしても誰かが一方的にデメリットを強いられるおそれがあるだけでなく、遺産分割協議から長期間が経過したころに、遺言無効確認請求や遺産分割協議のやり直しなどのリスクも生じかねません。
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