死亡退職金とは、本来退職金を受け取るはずであった被相続人が退職前に死亡した場合に、被相続人の代わりに相続人である遺族に支払われる退職金です。
公務員は国家公務員退職手当法などに基づき、民間企業は会社の退職金規定などに基づき、死亡退職金の受取人となる遺族の範囲や順位が定められています。
一方で、遺族が死亡退職金を受け取った場合、相続税が課される可能性があります。
本記事を読むことで、死亡退職金を受け取ることになった場合の非課税枠・課税対象が把握できるようになります。
あわせて相続税の計算方法、非課税となるケースなどについてもわかりやすく解説しているので、ぜひ参考にしてください。
死亡退職金は、みなし相続財産として相続税の課税対象となります。
最高裁判所判決を含む多くの判例で、死亡退職金の目的は遺族の生活保障であり受取人固有の権利であると認められているからです。
【参考】最高裁昭和55年11月27日判決、東京地裁平成30年11月27日判決など
死亡退職金はみなし相続財産です。
相続財産は、本来の相続財産とみなし相続財産にわけられます。
本来の相続財産とは「民法上の財産」です。
一方「みなし相続財産」は、相続税を計算するために便宜上財産として扱われるものです。
死亡退職金は便宜上財産として扱われる「みなし相続財産」であるため、相続税の課税対象となります。
死亡退職金は、事前に受取人が決まっている受取人固有の権利であることから、原則として遺産分割の対象である相続財産にはなりません。
相続手続きの必要もないので、遺産分割協議書への記載も不要です。
一方、相続放棄している場合でも、死亡退職金の受け取りは可能です。
なぜなら、死亡退職金は受取人固有の財産であって、「本来の相続財産」ではないからです。
たとえば、被相続人の法定相続人が妻・長男・長女の3人いたとします。
妻が相続放棄をしていても、死亡退職金の受取人として指定されているならば、妻は被相続人の死亡退職金を受け取ることができます。
企業から退職金が支払われるケースでは、死亡退職金は相続財産とはなりません。
それでは、中小企業に就職していて中小企業退職金共済(中退共)から退職金が支払われる場合はどうでしょうか。
中退共のサイトでは、死亡退職金は「みなし相続財産」として相続税の対象となり、「退職金を受け取る権利は、従業員が死亡した場合は遺族の方に限る」という内容が書かれています。
中退共の退職金共済でも、このように定義されていることから、死亡退職金は受取人固有の権利であるとみなされ、相続の対象外となります。
【参考】
中小企業退職金共済事業本部 |Q&A8-1. 退職金の支払い
中小企業退職金共済事業本部 |Q&A9-1. 退職金の税法上の取扱い
全相続人が受け取った死亡退職金の総額が非課税限度額以下であれば、相続税が非課税となります。
死亡退職金の相続税非課税限度額は、以下の式で計算できます。
非課税限度額=500万円×法定相続人の数
ここで注意すべきは、相続放棄している人と養子の数です。
相続放棄をしている人も、法定相続人の人数に算入されます。
そして、法定相続人の中に養子がいる場合、法定相続人に算入できる人数が決まっています。
法定相続人に算入できる人数は、原則として、実子がいる場合には養子一人、実子がいない場合には養子二人までです。
法定相続人は以下の順位となっています。
【参考】国税庁|タックスアンサー(よくある税の質問) No.4132 相続人の範囲と法定相続分
受け取った死亡退職金が非課税限度額以上の場合、相続税が課税されます。
また、受取人の第1順位以外の者が受け取った場合や、死亡後3年以降に支給額が確定した場合も課税対象になるため、注意が必要です。
相続税の計算方法と、注意すべき相続についてまとめました。
相続人の課税対象となる死亡退職金額=[相続人が受け取った死亡退職金]-[非課税限度額]×([相続人が受け取った死亡退職金÷全相続人が受け取った死亡退職金総額])
相続税課税対象額を、以下の事例で説明します。
死亡退職金受取人 |
受け取った死亡退職金 |
配偶者 |
1,500万円 |
長男 |
1,000万円 |
1,500万円 – 1,000万円 ×(1,500万円 ÷ 2,500万円)=900万円
計算により、配偶者が受け取った死亡退職金の相続税課税対象額は、900万円となります。
1,000万円– 1,000万円 ×(1,000万円÷2,500万円)=600万円
配偶者のケースと同じように計算すると、長男が受け取った死亡退職金の相続税課税対象額は、600万円となります。
上記のケースで、死亡退職金受取人の第1順位が配偶者であるにもかかわらず長男が死亡退職金を受け取った場合、気をつけなければいけません。
死亡退職金は、受取順位第1位である、配偶者の固有財産です。
長男は、固有財産である死亡退職金を配偶者から相続したとして、相続税の課税対象となってしまいます。
さらに、配偶者から贈与により死亡退職金相当額を取得したとして、贈与税も課税されます。
被相続人が死亡したあと3年以降に支給額の確定した死亡退職金は、所得税の課税対象です。
死亡退職金は所得の種類のうち「一時所得」に分類されます。
企業は一時所得に対する源泉徴収をしないので、受け取った遺族が自ら確定申告する必要があります。
弔慰金とは、労働者やその親族が死亡した際に、死者を弔い遺族を慰める目的で、会社などの雇用主から遺族に支払われるお金のことです。
実際は、香典・花輪代・葬祭料等が弔慰金として支給されるケースも多く、さほど高額ではないため、通常は課税対象外となり相続税が課されることはありません。
他方で、次のケースは弔慰金であっても相続税の課税対象となります。
【参考】国税庁|タックスアンサー(よくある税の質問) No.4120 弔慰金を受け取ったときの取扱い
死亡退職金は受取人固有の権利ではありますが、それが法的にどういった性質を持つかはさまざまです。
賃金の後払いであると見なせば、遺産の先渡しと考えられ「特別受益」に該当することになります。
ここでは特別受益とはどういったものであるか、また、特別受益と見なされた場合の計算方法について解説します。
生活費や学費・結婚費用などに充てる目的で、生前贈与や遺贈により被相続人から特別に財産を受け取っていた人がいた場合、揉める原因になることがあります。
法定相続分どおりに相続手続きをすると、他の相続人より相続分が増えるからです。
特別受益とは、このような財産の差を是正する制度です。
しかし、どのような金銭的援助が特別受益に該当するかについては判断がとても難しく、遺産分から先じて渡したものであるかどうかを基準に慎重に判断しなければいけません。
特別受益がある場合の相続分の計算については、民法903条に規定されています。
(特別受益者の相続分)
第九百三条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
引用元:民法|e-Gov法令検索
実際に死亡退職金が特別受益とされた場合、民法903条に従って他の相続人が取得する相続財産額を決定します。
各人の本来の相続分=(相続財産価額+特別受益額)×法定相続分ー特別受益額
下のケースを例に計算してみましょう。
まず、相続財産価額の2,000万円に、特別受益 1,500万円を足します。
これを持ち戻し計算と呼びます。
持ち戻し計算により算出し直した相続財産価額は、2,000万円+1,500万円=3,500万円です。
3,500万円を基準に法定相続分を算出し、法定相続分から特別受益額を引き、本来の相続分を算出します。
相続財産価額が3,500万円となった場合のそれぞれの取得額は以下のとおりです。
配偶者 |
長男 |
長女 |
<法定相続分> 3,500万円÷2=1,750万円 <特別受益を控除> 1,750万円−1,500万円=250万円 <配偶者の取得額> 250万円 |
<法定相続分> 3,500万円÷2=1,750万円 1,750万円÷2=875万円 <長男の取得額> 875万円 |
<法定相続分> 3,500万円÷2=1,750万円 1,750万円÷2=875万円 <長女の取得額> 875万円 ※長女は長男と同じ計算式 |
死亡退職金と生前に受け取った退職金ではかかる税金が変わります。
ここでは退職金として受け取った場合の退職所得の計算方法と、退職所得にかかる所得税の計算方法をご紹介します。
生前に本人が受け取る退職金は「退職所得」に分類され、所得税がかかります。
退職所得の計算方法は以下のとおりです。
退職所得=(退職金-退職所得控除額)×2分の1
退職所得控除額は勤続年数によって計算式が異なります。
勤続年数 |
退職所得控除額 |
20年以下 |
40万円×勤続年数(最低80万円) |
20年超 |
800万円+70万円×(勤続年数-20年) |
【参考】国税庁|タックスアンサー(よくある税の質問) No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)
退職所得を求めることで、所得税が計算できるようになります。
所得税の計算式は以下のとおりです。
退職所得の税額を出すには、所得税の速算表を用います。(平成27年以降)
退職所得(課税退職所得金額)…A |
税率 |
控除額 |
税額 |
195万円未満 |
5% |
0円 |
A×5% |
195万円以上330万円未満 |
10% |
97,500円 |
A×10%- 97,500円 |
300万円以上695万円未満 |
20% |
427,500円 |
A×20%-427,500円 |
695万円以上900万円未満 |
23% |
636,000円 |
A×23%-636,000円 |
900万円以上1,800万円未満 |
33% |
1,536,000円 |
A×33%-1,536,000円 |
1,800万円以上4,000万円未満 |
40% |
2,796,000円 |
A×40%-2,796,000円 |
4,000万円以上 |
45% |
4,796,000円 |
A×45%-4,796,000円 |
【参考】国税庁|タックスアンサー(よくある税の質問) No.2260 所得税の税率
生前に退職金を受け取った場合、所得税と相続税の納税義務が発生します。
しかし、死後に遺族が死亡退職金を受け取る場合、相続税しか課されません。
節税の観点から見ると、本人が生前に退職金を受け取るより、本人の死後、遺族が死亡退職金を受け取るほうが有利と考えられます。
特に、本人が病気を抱えているなどで近い将来に死亡する蓋然性が高い場合、生前に退職金を受け取っても節税対策を取ることは困難と考えられます。
この場合は、遺族が死亡退職金を受け取ることを選択したほうがいいでしょう。
もっとも、ご紹介したとおり退職所得の所得税は、退職金の半額以上に対する控除があります。
相続税も各種対策により節税が可能です。
近い将来本人が死亡する蓋然性が高いとはいえない場合、生前に退職金を受け取ることも検討する余地があります。
死亡退職金が高額である場合や、法定相続人の人数が受給額に比べて少ない場合、相続税が課せられてしまうかもしれません。
また、死亡退職金を順位第1位の者以外が受け取った場合や特別受益とみなされた場合も、通常と計算式が異なります。
死亡退職金を受け取る可能性がある場合、この記事で紹介した計算式を使って、それぞれの場合いくら税金がかかるのか、一度シミュレーションしてみましょう。
計算が難しい場合や、相続に問題が生じる可能性が高い場合、弁護士に相談することでスムーズに解決できる可能性があります。
無料相談をおこなっている弁護士事務所もあるので、問題が発生する前に弁護士への相談もご検討ください。
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