遺言執行者は、遺言者が亡くなったときに相続をスムーズに進める役割があります。
しかし、遺言執行者を引き受けてしまったものの「辞任したい」と思ったり、遺言執行者に選任された人を「解任したい」と思ったりしてしまうケースも少なくありません。
とはいえ、遺言執行者を変更するためにはどのようにすればいいかわからない方も多いはずです。
この記事では、以下の点を中心に、公正証書遺言を作成した場合の遺言執行者の役割、辞任や解任をする方法を解説します。
遺言執行者とは、亡くなった方の代理人として遺言書どおりに相続が実行されるよう、必要なすべての手続きをおこなう人のことを指します。
遺言書があったとしても、それを実行し相続を完了させるためにはさまざまな手続きが必要です。
相続人が複数いる場合、この手続きを誰がやるのかが問題になることもあります。
故人の遺言を確実に実行させるだけでなく、こうした問題を避けるためにも遺言執行者の存在は欠かせません。
では、公正証書遺言の遺言執行者はどうやって決まるのでしょうか。まずは職務の内容と選び方を詳しく解説します。
公正証書遺言の遺言執行者に就任すると、以下のような職務をおこなわなければなりません。
遺言執行者に選任された本人が遺言執行者になることを了承した場合、遺言執行者は速やかにすべての相続人に、その旨を通知する必要があります。
民法1007条では受遺者は通知の対象とされていませんが、遺言書の内容によっては通知したほうがいい場合もあります。
就任通知書の送付は、相続人が遺言書や遺言執行者の存在を知らず、財産を処分してしまうのを防ぐためにもできるだけ早く通知しなければなりません。
通知の際には、遺言書のコピーなどを一緒に送付し、遺言内容も相続人や受遺者に知らせるようにします。
遺言執行者は遺言執行を前提として、対象となる遺産に何があるかを調査しなければなりません。
遺言書を作成したあとに取得した財産も遺産となるので、遺言書に記載されている遺産だけとは限らないためです。
そのため、相続人からのヒアリングや預貯金の取引履歴のチェックなど、遺産を調査する必要があります。
また、遺言執行者は遅滞なく相続財産の目録を作成し、相続人に交付しなければいけません。
遺言執行者には、目録作成の義務が課せられます。相続人の請求があるときは、その立ち会いのもとで相続財産の目録を作成、または公証人に作成させなければならないと決められています。
2 遺言執行者は、相続人の請求があるときは、その立会いをもって相続財産の目録を作成し、または公証人にこれを作成させなければならない。
引用元:E-GOV|民法1011条2項
遺言執行者としての職務をおこなう前提として、相続人の範囲を把握することが大切です。
また、就任通知書を送付するためにも、相続人の氏名や住所を知る必要があります。
そのため、遺言者の出生から死亡まで、すべての戸籍を取り寄せて相続人の範囲を調査しなければなりません。
遺言書の内容に沿って、相続人の相続割合や分割の方法などを指定し、実際に遺産を分配します。
不動産の所有権移転登記の申請、預貯金の払い出し、金銭の支払いなどをおこなうこともあります。
場合によっては金銭化のために不動産を売却するなど、専門家でなければ処理が難しい手続きの必要性もあります。
遺言執行者がすべての職務を終えた場合、相続人に対して速やかにその経過や結果について、報告しなければなりません。
その際、遺言執行者はすべての相続人に対して「職務完了報告書」を送付するのが一般的です。
公正証書遺言の遺言執行者に選任されるのに特別な資格などは必要なく、誰でもなることができます。
ただし、民法1009条により、未成年と破産者は遺言執行者になることができません。
では、公正証書遺言の遺言執行者は実際、どのようにして選ばれているのでしょうか?
遺言者は、あらかじめ遺言書の文中に「誰を遺言執行者にするか」を指定しておくことができます。
ただ、指名された方が、相続発生時に初めて自身が遺言執行者であると知れば驚くことになり、スムーズに手続きをおこなえない可能性もあります。
そのため、遺言執行者には遺言書作成時に指定する旨を伝え、了承を得てから記載するのが通常です。
民法上、認められた方法で、遺言書の文中に「遺言執行者は○○さんが選任するものとする」と記載することで、指名された方が遺言執行者を選任することとなります。
万が一、指名された方が亡くなられている場合は、家庭裁判所による選任となります。
遺言書に遺言執行者の指定がない場合や、遺言執行者に指名されていた方が亡くなった場合は、裁判所に選任してもらうことが可能です。
遺言者の管轄の家庭裁判所に必要書類を持参し、遺言執行者の選任申立をおこないます。
遺言執行者を選任してからでも、変更することは可能です。
ここでは遺言執行者を辞任する方法や、解任する方法について、詳しく解説します。
遺言書の中で遺言執行者に指定されていたら、必ず遺言執行者に就任しなければならないというわけではありません。
遺言書の遺言執行者の指定には、法的な拘束力はありませんので、遺言執行者が「長期の病気」「長期の出張」「遠隔地への引っ越し」などにより、遺言執行を継続することが困難であると認められるケースなどにおいては辞退することもできます。
ただし、辞退する場合、遺言執行者に指定された人は相続人に対してその旨を知らせる必要があります。
相続人から遺言執行者の就任可否を確認するための催告が届いた場合、これに回答せずにいると就任を引き受けたものとみなされます。
就任したくない場合は注意が必要です。
遺言執行者の辞任の手続きは、相続開始地の管轄する家庭裁判所に申し立てをする必要があります。
遺言書による指定ではなく、家庭裁判所による選任の場合は、選任した家庭裁判所が管轄裁判所となります。
家庭裁判所から遺言執行者辞任の許可がおりれば、遺言執行者としての任務はなくなります。
しかし、それで終了ではなく、遺言執行者を辞任したあとにも必要な手続きがあります。
遺言執行者は、辞任した旨を遺言者の相続人、及び受遺者に通知しなければいけません。
相続人、及び受遺者に通知する際には、家庭裁判所から発行された「辞任許可審判謄本」を添付します。
遺言執行者の辞任が承認されると、相続財産の管理処分権は遺言執行者から相続人に移行します。
そのため、遺言施行者が保管や管理をしているものについては、速やかに相続人に引き渡すこととなります。
遺言執行者は、遺言執行者を辞任し任務が終了した場合、相続人に対し速やかにその経過や結果を報告しなければいけません。
相続人や受遺者に対して、顛末報告も一緒に記載し、辞任の通知をおこないます。
遺言執行者の報酬については、遺言で決められていればそれに従い、とくに遺言で指定されていない場合は、家庭裁判所の審判で決めることができます。
第千十八条 家庭裁判所は、相続財産の状況その他の事情によって遺言執行者の報酬を定めることができる。ただし、遺言者がその遺言に報酬を定めたときは、この限りでない。
引用元:E-GOV|民法1018条1項
家庭裁判所では、相続財産の状況や、その他の事情を踏まえたうえで遺言執行者の報酬を決定します。
遺言執行者は、辞任したとしても、すでに履行した割合に応じて報酬を請求できます。
相続人に請求をして話し合いで解決できないときは、家庭裁判所に報酬請求することができます。
これまで、第三者に遺言執行者としての任務を委任するには「やむを得ない事由」がなければできませんでした。
しかし、2020年7月の改正法によって、第三者に遺言執行者としての職務を委任できるようになりました。
第千十六条 遺言執行者は、自己の責任で第三者にその任務をおこなわせることができる。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
引用元:E-GOV|民法1016条1項
遺言執行は、不動産の相続登記など専門知識が必要な実務も多く、専門家でないと難しいと感じる職務でもあります。
自分では難しい遺言執行者の職務を弁護士などの第三者に委託することで、手続きをスムーズに進められるメリットがあります。
ただし、遺言者が「必ず遺言執行者が遺言執行をおこなう」など、第三者の遺言執行を禁止する旨を遺言書に記載していた場合は例外です。
また、責任はあくまで遺言執行者にありますので、委任する人物選びは慎重におこなわなければなりません。
相続人や受遺者、または相続債権者などが遺言執行者を解任できる場合があります。
遺言執行者は、民法1007条で定められている通り、遺言者が亡くなるとただちに手続きをおこなう必要があります。
相続が開始したあと、いつまでも手を付けない場合や放置して任務に背く行為をしている場合は、任務を怠っているとみなされ、解任できる可能性があります。
長期にわたる不在などにより長期間手続きができない状況や、病気を患ってしまい遺言執行をするのが難しい状態にあるときなどが正当な事由にあたります。
他に財産目録を公開しなかったり、一部の相続人に利益がいくよう加担したり、不正に相続財産を使っているなどの場合も解任の正当な事由になります。
遺言執行者を解任できることはわかっても、手続きはどうすればいいのでしょうか?
ここでは遺言執行者を解任する場合の手続きの流れについてご紹介します。
遺言執行者の解任は相続人が決められるわけではなく、家庭裁判所が決定します。
そのため家庭裁判所に申し立てをおこなうこととなります。
遺言執行者の解任を希望する相続人や受遺者の代表となる者が、申し立ての手続きをします。
申立先の裁判所は、遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。
遺言執行者を解任するためには、以下の書類が必要となります。
書類の不備なく手続きがスムーズに進むように、しっかりと準備をしましょう。
必要書類と合わせて「家事審判申立書」に申立先や作成日、被相続人や申立人の情報などを、家庭裁判所とすぐに連絡が取れるように正確に記入して提出します。
申し立て理由の欄には、申し立てをするに至った経緯や状況を詳しく記入します。
また、申し立ての際には手数料として800円分の収入印紙が必要です(2022年7月現在)。
なお、申立書のフォーマットは裁判所のホームページからダウンロードが可能です。
【参考】裁判所|遺言執行者の選任の申立書
遺言執行者の解任の審判が確定されると、家庭裁判所から「審判書謄本」という書類が発行され完了となります。
家庭裁判所により若干の違いはありますが、遺言執行者の解任の審判まではおよそ1ヵ月と、かなり時間がかかります。
また、遺言執行者を解任したあとは、改めて遺言執行者を選任しなければなりません。
遺言書は、遺言者の生前には効力が発生しないので、相続人や家庭裁判所による遺言執行者の解任はできません。
ただし、遺言者が生存中に自分の意思で遺言執行者を変更することはできます。
ここでは、遺言者が生存中に遺言執行者を変更する方法を解説します。
遺言者が存命中は、遺言書に効力はないため遺言執行者は就任したことになりません。
遺言者の意思で遺言執行者を変更したい場合は、新しい遺言書を作成し、新たに遺言執行者を指名すれば変更できます。
なお、遺言書は新しい日付のものが優先されるという決まりがあります。
遺言者の生前には、自分の意思で遺言書自体を撤回することができます。
遺言書を新しく作成し、その文中で全部、または一部を撤回するという方法です。
第千二十二条 遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。
引用元:E-GOV|民法1022条
なお、撤回は公正証書遺言に限らず、自筆証書遺言でも可能です。
公正証書遺言の場合は、原本が公証役場に保管されており、自分で破棄することはできません。
手元にある正本や謄本を破棄したとしても撤回にはなりません。
公証役場では本人だとしても原本は破棄してもらえないので、撤回の申述をするか新たに公正証書遺言を作成する必要があります。
ただし、一部だけを撤回する場合、遺言書が二通になってしまう可能性があります。
「どちらが正しいのか」と混乱を招いたり、トラブルになってしまったりと、思いがけない問題が起こることも想定されるため、遺言書の一部を撤回する場合は、新しい遺言書を作成することをおすすめします。
「自筆証書遺言」の場合は、自分で遺言書を破棄することができます。
そのうえで新しい遺言書を作成すれば前の遺言書はなくなるので撤回したことと同じになります。
公正証書遺言の遺言執行者の役割や、辞任・解任について解説しました。
遺言執行者は、就任前なら辞退もできますし、選任してからでも手続きを踏めば辞退や解任することができます。
ただ、そのためには裁判所への申し立てや、正当な事由が必要です。
公正証書遺言の遺言執行者を依頼されたが、どうしても難しいと感じる、また依頼する人がいないというときは弁護士に依頼するのも一つの手段です。
弁護士であれば、第三者の立場で遺言を実行してくれるため、相続人同士で揉めてしまう可能性を減らせます。
また、個人が初めておこなうには複雑に感じる手続きも一任できるため、スムーズに相続を進められるでしょう。
遺言執行を確実におこなうために、遺言執行者の存在はとても重要なものです。
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