遺留分とは、法律で相続人に保障されている、最低限の遺産取得分です。
相続人に遺留分を請求された場合、遺言書どおりの相続が実現できなくなる可能性があります。
そこで相続人に遺留分放棄をしてもらうわけですが、相続人が納得してくれないケースは少なくありません。
また遺留分放棄を許可するか判断する裁判所の審理は厳しく、不合理とみなされた場合は却下されてしまうので十分な注意が必要です。
本記事では遺留分放棄の概要や遺留分放棄に関する裁判所の判断基準、相続人に遺留分放棄をしてもらうためのコツ、遺留分放棄と遺言書作成をセットでおこなうべき理由について解説しました。
本記事を読むことで、遺留分放棄の概要や手順を理解し、スムーズに手続きを進められるようになります。
遺留分放棄とは、相続人が遺留分の権利を自ら放棄することです。
相続人に遺留分放棄の手続きをしてもらうことで、被相続人の死後に遺留分に関するトラブルが発生するのを予防できます。
ただし遺留分の放棄は相続人の生活に多大な影響を及ぼすことから、生前に手続きをする場合は厳しい条件をクリアしなくてはなりません。
遺留分放棄の手続きは必ず、相続人自身でおこなう必要があります。
被相続人など、他者がおこなうことはできません。
被相続人が遺言書で対象の相続人に対し財産を相続させないことを指定し、あわせて遺留分放棄をすると相続放棄をしたのと同じ効果が生じます。
被相続人の生前(相続開始前)に遺留分放棄をしたい場合は、家庭裁判所の許可を求めるための申し立てをする必要があります。
(遺留分の放棄)
第千四十九条 相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。引用元:民法 | e-Gov法令検索
この申し立ては「遺留分放棄の許可の申し立て」と呼ばれます。
被相続人が亡くなったあとであれば、遺留分を有する相続人は、家庭裁判所の許可なしに遺留分を放棄できます。
特別な手続きなどはなく、遺留分の侵害があったときに遺留分を請求するつもりがないことを伝えるだけで済むのです。
また遺留分を放棄する旨の念書を作成すれば、法的な効力を持ちます。
遺留分トラブルを確実に避けたい場合は、遺留分放棄の念書を書いてもらうのも有効です。
ただそういった念書を書いてほしいとお願いすると、人によっては怒ってしまうかもしれません。
無理や強要はせず、丁寧に事情を話して理解してもらうようにしましょう。
遺留分は法律で保障された重要な権利ですので、被相続人の生前に許可申し立てをおこなったからといって、必ずしも遺留分放棄が認められるとは限りません。
本項では、被相続人の生前に、裁判所が遺留分放棄を認めるかどうかの主な判断基準をみていきましょう。
遺留分放棄は、相続本人の自由な意思によるものでなければ認められません。
実際、被相続人やほかの相続人などに強いられて遺留分放棄をする方が少なくないようです。
「他者の強い干渉により遺留分放棄をしようとしている」と裁判所がみなした場合、遺留分放棄の申し立てが却下される可能性があります。
相続人にとって重大な影響がある遺留分放棄をなぜ希望するか、合理的に説明できる理由の有無も判断基準のひとつです。
具体的には被相続人から多額の贈与を受けていて遺留分請求の必要がない、一部の相続人に遺産を集中させたいといった理由があげられます。
たとえば被相続人が先祖代々の土地を流失させたくないため、土地の管理をおこなう長男に全て引き継いで欲しいと考えたとしましょう。
このとき被相続人は、遺言書で該当する不動産全てを長男に引き継ぐ旨を記載します。
あわせて十分な生前贈与をする代わりに、ほかの相続人に遺留分放棄の申し立てをするよう依頼するわけです。
ほかの相続人が被相続人の案に納得して手続きをすれば、裁判所は合理的な理由であるとして認める可能性が高いといえます。
遺留分放棄の対価として、被相続人が代償を申し出ている場合、それが遺留分放棄に見合うか検討されます。
たとえば相続人が請求可能な遺留分とほぼ同額の代償が支払われることになっているのであれば、遺留分放棄に見合うと判断されやすいでしょう。
ただ、遺留分より少ない財産でも、必ずしも不当な対価とはいえません。
財産の提供時期やその他の事情も考慮されます。
以下に紹介する3つのコツを把握しておくことで、相続人に生前の遺留分放棄をしてもらいやすくなります。
本項では、これらコツの詳細をみていきましょう。
遺留分放棄を円満にすすめるためには、できるだけ公平になるよう考慮することが重要です。
そのために、遺留分放棄をしてほしい相続人へ、遺留分に見合う生前贈与をする方法があります。
生命保険の受取人として、その相続人を指定するのもひとつの手です。
これにより、該当の相続人は遺留分を放棄しても損をせずにすむので納得してもらいやすくなります。
借金などの負債をできる限りなくして、相続人の負担を減らしておくことで、相続人に遺留分放棄をしてもらいやすくなります。
相続人が遺留分放棄をしても、相続人としての地位は残ります。
そのため被相続人に多大な負債がある場合、相続人は相続放棄などをしなければその負債まで引き継ぐことになるのです。
相続人は遺留分を放棄するのに、負債を背負うことになったら目も当てられません。
この場合、相続人は遺留分を放棄するのを受け入れてくれない可能性も高まります。
円満に遺留分放棄をすすめたいのであれば、借金などの負債をできる限り返済し、相続人の負担を減らすことが重要です。
相続人には十分な時間をかけて、遺留分を放棄して欲しい理由をしっかり説明しましょう。
相続人には遺留分を放棄する必要があることを納得してもらう必要があります。
その説明の際には、前項で解説した代償の話などもすると納得してもらいやすいでしょう。
遺留分放棄は、有効な遺言書の作成とセットでおこなうことで効果を発揮します。
遺留分放棄をしたとしても、相続人としての地位を失うわけではありません。
遺言書がない状態で被相続人が亡くなると、遺産分割協議で遺産をどのように分担するか相続人同士で決定する必要が生じます。
その結果、相続人同士で争いとなってしまうことも考えられるのです。
遺留分放棄と遺言書作成をおこなえば、遺産分割協議をおこなわなくてもよくなり、相続人同士の争いを予防できます。
また遺留分を侵害する内容の遺言を実現しやすくなるのです。
遺留分放棄の手続きをおこなう場合、遺留分を放棄する相続人自身で、家庭裁判所に申述する必要があります。
ここでは、遺留分放棄の手続きのステップ4つをそれぞれ解説します。
家庭裁判所へ遺留分放棄の申し立てをする際は、まず以下にあげる必要書類を準備します。
申立書には、申し立ての趣旨と理由を明確に記載します。
必要書類が用意できたら、家庭裁判所へ提出します。
書類の提出方法は、直接持ち込むか郵送するかの二通りです。
直接持ち込む場合は、裁判所の窓口で受付を済ませます。
郵送する場合、方法については特に指定されていません。
ただ重要な書類を送るので、書留のように対面で受け取ってもらえる方法を選んだ方が安心です。
申し立て後しばらくすると、照会書が送られてきたり尋問のための呼び出しを受けたりして、遺留分放棄の意思や理由などを確認されます。
照会書が届いたら、質問事項に答えて期限内に返送しましょう。
裁判所が必要と判断した場合、被相続人にも照会書が届くので同じように回答して返送してください。
遺留分放棄の事情が複雑な場合や、裁判所が提出書類で判断するのが難しいと考えた場合は、裁判所から尋問のための呼び出しを受けます。
約束した日時に裁判所へ行って、裁判官による面接(尋問)を受けましょう。
法律的な専門用語ばかりの難しい質問を受けるわけではないので、聞かれたことに対して正確に答えれば問題ありません。
なお裁判所での審問は、必ずおこなわれるわけではありません。
裁判所が提出書類で十分な確認ができたと判断した場合、審問が省かれることも多いです。
家庭裁判所で審議がおこなわれ遺留分放棄を許可するか否かの審判が下されたあと、その結果が申し立て人に通知されます。
許可が下りた場合は、その旨を記した審判書謄本が届くので内容を確認しましょう。
審判書謄本は、遺留分放棄が許可されたことを証明する大切な書類です。
相続の手続きなどで必要となるわけではありませんが、紛失することがないよう大切に保管してください。
また、この書類を被相続人に渡せば、手続きが無事にすんだことが客観的に把握できるので安心してもらえるでしょう。
審判の結果が不許可だった場合、審判から2週間以内に即時抗告をおこなえば、高等裁判所に対して審議を求めることができます。
遺留分放棄の手続きをする際には、どのような注意点があるでしょうか。
ここでは、主な注意点3つをそれぞれ解説します。
遺留分侵害額請求権とは、遺留分権利者が相続人や贈与人に対して、遺留分の額に相当する金銭を請求することができる権利です。
遺留分放棄をした場合、当然ながらこの権利を行使して相続人や贈与人に対して遺留分侵害額を請求することはできません。
遺留分放棄が許可された場合、あとから取り消す(撤回する)のは難しくなるので注意してください。
遺留分放棄を撤回できる可能性があるのは、申し立てや審判のあと遺留分を放棄することが不合理と判断される状態となった場合のみです。
この場合、裁判所の職権により放棄許可審判の取り消しが可能とされています。(家事事件手続法78条)。
(審判の取消し又は変更)
第七十八条 家庭裁判所は、審判をした後、その審判を不当と認めるときは、次に掲げる審判を除き、職権で、これを取り消し、又は変更することができる。
遺留分放棄の取り消しがどうしても必要となった場合は、裁判所に対し職権発動を要求するための申し立てをおこなう必要があります。
遺留分を放棄しても、相続権まで失われるわけではありません。
そのため被相続人に借金がある場合は、その返済義務まで相続するリスクがある点は注意しましょう。
この場合、遺留分で保障された最低限の取り分を受け取れなくなるうえに、債務まで背負うことになる可能性があるのです。
本項では、相続放棄の確認に関してよくある以下の質問について解説します。
相続放棄と遺留分放棄は、どちらも相続財産に関する制度ですが、その内容や影響は異なります。
最も大きな違いは、放棄することで相続人としての地位を失うか否かです。
相続放棄の場合、相続人の地位を失い、はじめから相続人でなかったものとみなされます。
そのため相続放棄をすることで、預金や不動産などプラスの財産だけでなく、借金などマイナスの財産も放棄することが可能です。
一方、相続人が亡くなっていた場合に、その子どもが代わりに相続できる「代襲相続」はできなくなります。
次に、遺留分放棄は遺留分のみ放棄する手続きなので、相続人としての地位は失われません。
そのため相続財産のなかに借金などマイナスの財産が含まれていた場合、その債務まで相続することになる可能性があるのです。
ほかの相続人からみた場合、一人の相続人が相続放棄をすると法定相続分(民法で定められた相続分)が増えるという影響があります。
しかし、遺留分放棄ではそのような影響はありません。
また相続放棄の申し立てが家庭裁判所に却下されるケースは少なく、詳細な審理は基本的におこなわれません。
それに対し、遺留分の権利を失いつつ相続権は残る遺留分放棄は、裁判所が厳格に審理をおこないます。
遺留分放棄は、相続人自身で権利を放棄するための手続きです。
被相続人が代わりに手続きをすることは、法律上認められていません。
相続人に遺留分を放棄して欲しい場合は、相続人本人に手続きをしてもらう必要があります。
遺言書どおりに相続をさせたい場合に、相続人に遺留分放棄をしてもらったほうがよい可能性があります。
遺言書の内容が相続人の遺留分を侵害していたとしても、遺言書が法律的に無効になるわけではありません。
しかし遺言書によって遺留分を侵害された相続人は、財産を多く取得した相続人に対し遺留分侵害額請求ができます。
遺留分侵害額請求をされると、結果的に遺言書どおりに相続が実現できなくなるのです。
相続人が遺留分放棄をすれば、遺留分侵害額請求がおこなわれるリスクもなくなります。
そのため遺言書どおりに相続を実現しやすくなるわけです。
遺留分放棄とは、文字どおり相続人に遺留分を放棄してもらう手続きのことです。
相続人に遺留分放棄をしてもらうことで、被相続人の遺言書通りに相続を実現しやすくなります。
遺言書が遺留分を侵害する内容であったとしても、相続人が遺留分を請求できなくなるからです。
ただし相続人に遺留分放棄をしてもらう場合は、十分な生前贈与をおこなうなどの配慮が必要となります。
また遺留分放棄の要件は厳正であり、裁判所が要件にあわないと判断され却下されるケースも少なくありません。
スムーズに相続人の遺留分放棄を実現させたい場合、相続問題を得意とする弁護士に相談することを強くおすすめします。
弁護士であれば、遺留分放棄をしてもらうために何をすべきかどのように理由を主張すべきか有効なアドバイスをしてくれるでしょう。
また遺留分放棄とあわせておこなうべき遺言書の作成について、サポートしてもらうことも可能です。
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