相続放棄は家庭裁判所への申述を要する法的手続きですが、その際に実印や印鑑証明は不要です。
しかし、実際にはほかの相続人から「相続放棄には実印・印鑑証明が必要だから事前に準備をしておいてほしい」などと言われるケースが少なくありません。
そこで本記事では、相続放棄で印鑑証明や実印が不要とされる理由や相続放棄の必要書類、相続放棄と相続分の放棄・譲渡との違いなどについてわかりやすく解説します。
相続放棄とは、被相続人のプラスの財産とマイナスの財産どちらも一切受け継がないことをいいます。
相続放棄が認められると、相続を放棄した人物は最初から相続人ではなかったと扱われます(民法第939条)。
相続放棄をするときには、家庭裁判所に相続放棄申述書を提出する必要があります。
相続放棄申述書には「申述人の記名押印欄」が設けられていますが、押印するときの印鑑について特に指定はありません。
つまり、わざわざ実印で押印する必要はなく、認印でも事足りるということです。
そして、認印でも受理される以上、印鑑証明は求められません。
そもそも印鑑証明(印鑑証明書/印鑑登録証明書)とは、市区町村役場に登録された印鑑が本人のものであることを証明するための書類のことです。
役場に登録された印鑑は「実印」と呼ばれ、未登録のものとは明確に区別されます。
以下のような重要な取引では、実印による押印に加えて、実印であることを証明するために印鑑証明の提出が求められることが多くあります。
なお、印鑑証明に有効期限は存在しません。
ただし、使用する用途によって「〇ヵ月以内に発行した印鑑証明書」と指定されることもあるため注意しましょう。
また、印鑑証明を入手するには、市区町村役場の窓口で発行請求手続きを踏む必要があります。
窓口で用意されている印鑑登録証明書交付申請書に必要事項を記入したうえで、印鑑登録証(印鑑登録カード)・本人確認書類(運転免許証・健康保険証・パスポートなど)・発行手数料を合わせて提出してください。
なお、市区町村によっては、コンビニエンスストアのマルチコピー機で印鑑証明を発行できる場合があります。
ただし、この方法で印鑑証明を入手するにはマイナンバーカードが必須です。
相続放棄で印鑑証明が必要になることはありませんが、ほかの相続人から印鑑証明を求められる場合、「相続分放棄」や「相続分譲渡」の可能性があります。
相続分放棄とは、「遺産相続をした相続人が自分の相続分を放棄すること」です。
家庭裁判所で申述する必要はなく、相続人の一方的な意思表示のみで効果が生じる点、相続人としての地位は認められる点、プラスの財産は放棄できてもマイナスの財産は承継しなければいけない点において、相続放棄とは異なります。
一方、相続分譲渡とは、「遺産相続をした相続人が自分の相続分を他人に譲渡すること」です。
相続分の譲渡は、相続分の譲渡人と譲受人との間の契約によって成立します。
また、相続分放棄と同様に、相続分譲渡をするとプラスの財産だけではなく、マイナスの財産も譲渡を受けた人へ移転します。
そのため、マイナス財産を含んだ相続分譲渡であれば、債権者から請求があった場合、譲受人は返済に応じる必要があります。
このように、相続分放棄・相続分譲渡は口頭でも成立します。
ただ、遺産を取得することになった人が名義変更などの相続手続きをおこなう際に、金融機関や法務局などに相続人全員の実印が押捺された遺産分割協議書を提出する必要があります。
また、押捺された印鑑が実印であるかを示すために、同時に印鑑証明の提出も求められるのが一般的です。
相続分放棄・相続分譲渡では、相続財産に含まれるマイナス財産の承継を免れることはできません。
特に、遺産相続トラブルでは、相続後や遺産分割協議後に新たな借金が発覚するケースが少なくありません。
相続人である限りは何かしらの対応を求められますし、場合によっては高額の借金負担を強いられるリスクも考えられます。
そのため、「相続財産に含まれるプラス財産・マイナス財産どちらも承継したくない」と希望するのであれば、あえて相続分放棄や相続分譲渡をするのではなく、当初から相続人ではなかったと扱われる相続放棄を選択するのが賢明でしょう。
相続をめぐる状況によっては、相続放棄ではなく、相続分放棄・相続分譲渡を選択したほうがメリットが大きい場合もあります。
たとえば、以下のようなケースであれば、相続分放棄が向いているといえます。
このうち、もし被相続人に借金がなく、自分の相続分を譲りたい特定の人物がいるのであれば、相続分の譲渡が向いています。
ただし、いずれの方法もメリット・デメリットが異なります。
最も適した手段がわからない場合には弁護士へ相談をして、どの手段が適切かを判断してもらいましょう。
相続放棄をするときには、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3ヵ月以内に、被相続人の最後の住所地の家庭裁判所に対して相続放棄の申述をしなければいけません。
まず、共通して提出が求められる必要書類として以下3点が挙げられます。
これらに加え、申述人によって次の書類の提出が必要です。
被相続人の配偶者が相続放棄をするときには、「被相続人の死亡の記載がある戸籍謄本」の提出も求められます。
第1順位相続人である被相続人の子もしくは孫が相続放棄をするときには、「被相続人の死亡の記載がある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本」の提出が必要です。
また、代襲相続によって孫・ひ孫などが相続放棄をするときには、「本来の相続人である被代襲者の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本」も提出しなければいけません。
第2順位相続人である被相続人の直系尊属(父母や祖父母など)が相続放棄をするときには、「被相続人の出生時から死亡時までの全ての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本」の提出が求められます。
被相続人の子もしくは孫がすでに亡くなっている場合は場合には、「被相続人の子もしくは孫の出生時から死亡時までの全ての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本」も必要です。
被相続人が亡くなった時点で被相続人の親がすでに亡くなっている場合、被相続人の祖父母が相続人となります。
被相続人の祖父母が相続放棄するためには、「被相続人の親(父・母)の死亡記載のある戸籍謄本」が必要です。
第3順位相続人である被相続人の兄弟姉妹およびその代襲者(甥・姪)が相続放棄をするときには、「被相続人の出生時から死亡時までの全ての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本」「被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本」の提出が必要です。
被相続人の子もしくは孫のなかにすでに死亡している人物がいる場合には、「被相続人の子どももしくは孫の出生時から死亡時までの全ての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本」が求められます。
また、相続放棄の申述人が代襲者(甥・姪)であるケースでは、「本来の第3順位相続人であった被代襲者の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本」も添付しなければいけません。
相続放棄の申述手続きでは、以下に挙げた費用が発生します。
申述人ご自身だけで相続放棄の手続きをするときには、これらを合計して数千円程度の費用負担で済みます。
もし、司法書士や弁護士へ依頼をする場合の費用相場は、それぞれ以下のとおりです。
なお、上記の金額はあくまで目安であり、事務所によって異なります。
初回無料で相談できるところも多くあるので、まずは相談してみることをおすすめします。
ここでは、相続放棄に向けた準備活動および必要になる法的手続きの流れについて解説します。
まずは、そもそも相続放棄をするかどうかを判断するために、被相続人の財産全てを洗い出します(財産調査)。
相続放棄は一度おこなうと撤回することができないため、必ず事前にプラスの遺産とマイナスの遺産がそれぞれどれくらいあるのかを確認しましょう。
ここでいうプラスの財産には、土地・預貯金・保険金積立金などが、マイナスの財産には住宅ローン・借金などが含まれます。
プラスの財産に比べてマイナスの財産が多い場合には、相続放棄や限定承認を選択することになります。
場合によっては、財産調査を進めるなかで金融機関や信用情報機関への照会手続きが必要になることも少なくありません。
相続人本人だけで財産調査をするのが難しいようなら、この段階から弁護士に依頼するのも選択肢のひとつでしょう。
財産調査および相続人の状況から相続放棄をすると判断したときには、相続放棄に必要な書類と費用を用意します。
相続財産が少なく相続関係もシンプルなら、ご自身の判断で準備をしても差し支えありません。
一方、代襲相続が発生している場合や、多数の相続人が発生していて相続関係が複雑な場合には、必要書類について弁護士・司法書士などの専門家にアドバイスをもらうべきでしょう。
必要書類および費用の準備が終わったら、被相続人の最後の住所地の家庭裁判所に対して相続放棄を申述します。
このとき、「相続人の住所地を所轄する家庭裁判所」ではない点には注意しましょう。
家庭裁判所の窓口に必要書類を直接提出するほか、郵送による方法でも可能です。
提出先の家庭裁判所がわからない場合には、裁判所Webサイト内「裁判所の管轄区域」から確認できます。
相続放棄をする人物が未成年者または成年被後見人のときには、親権者や後見人といった法定代理人が代理で申述します。
なお、相続放棄できるのは自己のために相続の開始があったことを知ったときから3ヵ月以内です(熟慮期間)。
万が一、財産調査に手間取るなどしての熟慮期間内に相続放棄・相続の承認の判断ができないときには、熟慮期間の伸長を申し立てることができます(民法第915条第1項但書)。
相続放棄の必要書類や申述内容に問題がなく家庭裁判所に受理された場合、数日~2週間程度で家庭裁判所から相続放棄照会書が郵送されます。
相続放棄回答書が同封されているので、必要事項を記入して署名押印したうえで、期限内に返送してください。
ただし、回答の内容によっては相続放棄が却下されてしまうこともあります。
一度却下されてしまった場合、相続放棄を再び申し込むことはできないためくれぐれも注意しましょう。
相続放棄回答書を返送すると、後日家庭裁判所から相続放棄申述受理通知書が届きます。
相続放棄申述受理通知書を受領した時点で、相続放棄の手続きは終了します。
なお、相続放棄が受理された証拠書類が必要な場合に備えて、家庭裁判所に対して相続放棄申述受理証明書の発行申請をしておくことをおすすめします。
窓口で相続放棄申述受理証明書を発行してもらうときには、家庭裁判所に備付けの申請用紙に必要事項を記入したもの、1件につき150円の収入印紙、印鑑、受理通知書、運転免許証などが必要です。
郵送で相続放棄申述受理証明書を請求するときには、家庭裁判所ホームページから書式をダウンロードして必要事項を記入してください。
相続放棄について不安があるときや、ほかの相続人から印鑑証明を求められて疑問を感じたときには、遺産相続問題に強い弁護士に相談することをおすすめします。
ベンナビ相続では、あらゆる相続問題を専門に扱う弁護士を多数紹介していますので、お近くの法律事務所までお問い合わせください。
相続財産の内容や相続人の関係性・状況・希望によって、各相続人が選択するべき対応は異なります。
たとえば、相続財産に負債が存在しないなら単純承認をして遺産を受け取ってもよいですし、限定承認によってプラスの財産の範囲でのみ債務返済の責任を負うのも有効な選択肢です。
また、遺産分割協議を面倒に感じるなら最初から相続放棄を検討する方法があるほか、特定の相続人に利益を集中させたいなら遺産分割協議に参加したうえで相続分を放棄・譲渡する手法も考えられます。
遺産相続トラブルの経験豊富な弁護士は、より良い遺産相続を実現するためのノウハウを有しています。
ご自身の状況を前提に最適な選択肢を提案してくれるでしょう。
相続放棄をするべきか、相続分放棄・相続分譲渡をするべきか、どの財産を相続するべきかなど、相続発生時に適切な選択肢を見出すためには、相続財産の全体像を正確に把握する必要があります。
しかし、金銭的価値を簡単に把握できる預貯金だけではなく、評価額の判定方法や資産価値に争いが生じがちな不動産や株式、貴金属類などが相続財産に含まれるのが一般的です。
遺産分割協議段階のこれらの価格が判然としたままでは、相続放棄をするべきかなどの判断を適切にすることができません。
遺産相続問題を専門に扱う弁護士であれば、素人だけでは判断しにくい相続財産の計算・評価をスピーディーに実施してくれるので、安心して相続時の対応方針を決定できるでしょう。
さいごに、相続放棄と印鑑証明についてよく寄せられる質問をQ&A形式で紹介します。
そもそも、相続放棄の手続きに実印や印鑑証明は必要ありません。
しかし、本来必要ないはずなのに実印や印鑑証明を求められる理由として以下の事項が考えられます。
前者なら間違いを指摘するだけで足りますが、後者の場合には注意が必要です。
騙されて相続分の放棄・譲渡をさせられたような事案では、あとから遺産分割協議の効力を争うために法的措置をする負担を強いられかねません。
ですから、ほかの相続人から実印や印鑑証明の準備を求められたときには、事前にその意図を確認したうえで適宜対応をするべきでしょう。
もし実印を悪用されると、勝手に借金の連帯保証人にサインをされたり不動産を勝手に処分されかねません。
そこで、実印をなくしてしまったときには、紛失・盗難によるリスクを回避・軽減するために以下に挙げたように早急な対策が不可欠です。
相続放棄は家庭裁判所を通じた手続きであり、印鑑証明は必要ではありません。
ですから、「相続放棄のために実印・印鑑証明を用意してほしい」という打診があったときには、何かしらの意図がある可能性も考えられます。
ベンナビ相続では、遺産相続問題を専門に扱う法律事務所を多数掲載しています。
「相続放棄で印鑑証明を求められて不安を感じている」「そもそも相続放棄以外の選択肢も検討したい」などの多種多様な相談内容に対応してくれるので、初回無料相談などの機会を積極的に活用のうえ、信頼できる法律事務所までお問い合わせください。
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