遺産分割協議とは遺産を相続する権利がある人が全員参加し、遺産の分け方を話し合いで決めるための手続きです。
遺産相続では参加者それぞれの利害が異なったり対立したりするケースも多く、合意が成立するまで時間がかかることも少なくありません。
そのため「このまま長引いても大丈夫か」と不安になる相続人の方も多いのではないでしょうか。
実際、遺産分割の手続きには分割そのものの期限とは異なるものの複数の期限が存在し、その期限内に終わらないとデメリットや不都合が生じてしまうのです。
本記事では遺産分割に関連する期限や、それぞれの期限を遅れた場合の影響、対処方法についてまとめています。
遺産分割に関連する期限を守り、スムーズに進めたい場合は本記事を参考にしてください。
遺産分割協議自体には、特に法律的な期限は定められていません。
相続が開始されてから5年・10年といった長い年月が経過したあとでも、遺産分割協議は可能です。
しかし、遺産分割協議が遅れれば遅れるだけ、さまざまな不都合やデメリットが生じることになります。
以下、実際にどんなデメリットがあるかみていきましょう。
たとえば被相続人が亡くなると、被相続人名義の口座は凍結され預貯金の引出しや引落しなどができません。
その凍結を解除する際に、遺産分割協議書の提出が求められます。
また査定額が100万円を超える自動車の名義を変更する際には、遺産分割協議書が必要です。
そのほかにも、いくつかの手続に関する期限があり、その期限内に遺産分割協議が遅れると損をしてしまう可能性があります。
次の項からは、期限の種類ごとにどのようなデメリットがあるかみていきましょう。
相続税の申告・納付の期限は、相続が発生したことを知ってから10ヵ月以内です。
相続財産が基礎控除額を超え、相続税の納付が必要な場合は、相続人自身が相続税を申告・納付する義務があります。
ただし、相続争いが発生するなどして、10ヵ月の期限内に遺産分割協議が終わらないこともありえるでしょう。
その場合は民法で規定された相続分を基に暫定的な計算をして、相続税の申告と納付をおこなうことになります。
そのうえで、この期限内に遺産分割協議が終わらなかったり、申告や納付そのものが遅れたりするといくつかのデメリットが生じるのです。
相続税の申告や納付の期限に間に合わなかったときのペナルティとして、以下2種類があげられます。
次の項から、それぞれの概要をみていきましょう。
期限内に相続税が申告されなかった場合、ペナルティとして本来納めるべき相続税に対し、以下割合の無申告加算税が課されてしまいます。
【無申告加算税の税率(2024年1月以降)】
税務調査前等に自己申告した場合 |
5% |
税務調査の指摘後等に申告した場合 |
50万円以下の部分:15% 50万円超300万円以下の部分:20% 300万円を超える部分:30% |
※悪質と判断された場合などは、重加算税として、さらに高い税率が課される場合もあります。
また期限内に相続税が納税されなかった場合、ペナルティとして本来納めるべき相続税に対し延滞税が課されてしまいます。
延滞税の税率は、原則として、納付期限から2ヵ月後までは年7.3%、2ヵ月を過ぎると年14.6%です。
相続税を低くできる以下の特例は、原則として、遺産分割協議が完了していることが適用の条件とされています。
小規模宅地等の特例 |
土地の評価額を最大80%減らして相続税の計算ができる特例 |
配偶者の税額軽減 |
被相続人の配偶者であれば、1億6,000万円もしくは法定相続分相当額のいずれか高い方まで相続税が無税になる特例 |
遺産分割協議が10ヵ月以内に終わらないと、これら特例を活用した節税ができなくなってしまうのです。
なお、遺産分割協議が終了したあとに還付請求をおこなえば、申告期限から3年以内なら特例を適用し納め過ぎた分の還付を受けることはできます(「申告期限後3年以内の分割見込書」をあらかじめ提出しておく必要があるとされています)。
ただし、その分だけ手続きの手間が増えてしまう点は注意が必要です。
また、最初に相続税申告をする際の納税額が高くなり、より多くの納税資金を準備しなくてはならなくなります。
遺産分割協議が長引き、10ヵ月以内に相続税の申告や納付ができない場合は、取り合えず相続遺産が分割されていない状態で申告をおこないます。
そうすれば、無申告加算税などのペナルティを受けないですむわけです。
ただし、遺産分割協議が終了していない状態では、小規模宅地などの特例などが適用できません。
そのため、「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出しておき、あとから還付請求します。
申告期限後3年以内であれば、特例を適用せず納め過ぎた金額の還付を受けることが可能です。
相続遺産の中に不動産がある場合、3年以内に遺産分割協議を終わらせておきたいところです。
以下、その理由と3年以内に終わらなかった際のリスク、対処法をみていきましょう。
民法・不動産登記法の改正により2024年4月1日からは、不動産を相続することを知った日から3年以内に相続登記の申請をすることが義務化されました。
不動産を相続した際は、相続登記により不動産の名義を被相続人から相続人に変える必要があります。
ただ、これまで相続登記申請の期限は設けられていませんでした。
しかし今後は、相続登記の申請を3年以内におこなう必要があるのです。
正当な理由がなく、不動産の相続を知った日から3年の期限内に相続登記の申請をしなかった場合、10万円以下の過料が科される可能性があります。
この罰則を避けるためにも、遺産分割協議は3年以内に終わらせておきたいところです。
3年以内に遺産分割協議が終わる見込みがない場合、相続登記の代わりに法務局で相続人申告登記をします。
これによって相続登記申請の義務が一時的に果たされたことになり、過料の罰則を避けられるわけです。
なお相続人申告登記をおこなった場合も、遺産分割協議が終了してから3年以内に、改めて相続登記をする必要があるので注意してください。
特別受益や寄与分を主張したい場合は、10年以内に遺産分割協議を終わらせる必要があります。
特別受益とは、一部の相続人に限り、被相続人から生前贈与・遺贈・死因贈与で受け取った利益です。
特別受益を無視して遺産分割をすると、特別受益を受けていない相続人との不公平が生じてしまいます。
そこで、特別受益がある場合、それも加味して遺産分割をおこなうことで公平性を確保するわけです。
一方、寄与分とは、被相続人の財産を維持・増加させるのに貢献した相続人に、法定相続分を超える財産の相続を認めるルールです。
たとえば、被相続人の介護をおこなっていたり、無給で被相続人の家業を手伝っていたりした相続人に寄与分が認められることがあります。
2023年4月1日より施行される改正民法により、特別受益や寄与分の主張ができるのは、相続開始から10年以内とされました。
それまでは特別受益・寄与分は無期限で主張できたので、民法の新しいルールによってそれが制限されるようになったわけです。
(期間経過後の遺産の分割における相続分)
第九百四条の三 前三条の規定は、相続開始の時から十年を経過した後にする遺産の分割については、適用しない。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
引用元:民法 | e-Gov法令検索
なお、10年を超えたあとも、相続人全員の同意があれば、特別受益や寄与分を考慮した財産の分割自体はできます。
あくまで期限を過ぎると法律的に、特別受益・寄与分を裁判所などで主張できなくなるということです。
遺産分割協議が長引き10年を超えると、特別受益・寄与分を法律的に主張できなくなります。
特別受益・寄与分は遺産相続の公平性を保つためのルールなので、これらを主張できなくなれば遺産相続で損をする可能性が生じるわけです。
特別受益・寄与分の主張をしたいときは、遺産分割協議を10年以内に終わらせるしかありません。
これらの権利を失わないように、できるだけ速やかに遺産分割協議を終わらせるようにしましょう。
なお、以下にあげる条件に該当する場合は、例外的に相続が開始されてから10年以上経っていても特別受益・寄与分を主張できます。
遺産分割に関連する期限については、ほかにも以下が挙げられます。
それぞれ、どのような内容なのかみていきましょう。
相続放棄は相続財産を相続する権利を放棄すること、限定承認とは相続財産の範囲内で被相続人の負債を返済することです。
相続放棄・限定承認の申述をし、これらの権利を主張できるのは相続開始から3ヵ月までとなります。
裏を返せば遺産分割協議が長引き、3ヵ月以内に判断できなければ相続放棄や限定承認が申述できなくなるわけです。
ただし、相続人間では、遺産分割協議書の中で自身の取り分をゼロとすることによって事実上の相続放棄を実現することは可能です。
準確定申告とは、被相続人に関する確定申告です。
一般の確定申告と同様に、被相続人が以下にあてはまるケースでは、被相続人に代わり相続人が準確定申告をおこなう必要があります。
被相続人が被保険者となる生命保険に加入していた場合、生命保険金の受取りは支払い事由の発生から3年以内です。
この期限を過ぎてしまうと、請求権が時効で消滅し保険金を受け取れなくなってしまうので注意しましょう。
被相続人の預金を払戻しできるのは、相続人がその権利を行使できることを知ってから5年以内です。
5年の期限を過ぎると、被相続人の預金を払い戻す権利を失ってしまう可能性があります。
また、権利を行使できることを知らなかったとしても、権利が行使できるようになってから10年経過すると、やはり払い戻しの権利を失う可能性があります。
遺産分割協議が長引き、預金の扱いに手間取ってこの期限を過ぎると、払戻しできなくなる可能性があります。
なお実際には、この期限を過ぎたとしても銀行が払戻しに応じてくれるケースが多いようですが確約はできません。
遺産分割協議を滞りなく進めるためには、どのようにおこなわれるかを把握しておくことが重要です。
ここでは、遺産分割協議の大まかな流れや進め方について解説します。
遺産分割協議には、全ての相続人が参加することが求められます。
そのため、遺産分割協議を始めるにあたり、誰が相続人かを調査・把握することが必要です。
一般的には、配偶者や子が相続人になります。
しかし、配偶者や第一順位の子がいない場合、第二順位の父母(祖父母)、第三順位の兄弟姉妹などが相続人になるのです。
そのうえで、家族や親戚が、相続人が誰かを必ずしも正確に把握できるとは限らない点も注意が必要となります。
たとえば、父親が認知した子や、疎遠になっていて付き合いのない兄弟姉妹などがいる可能性もあるのです。
相続人が誰か正確に把握するには、被相続人が生まれてから亡くなるまでの戸籍資料(戸籍全部事項証明書など)を全て取り寄せます。
仮に、これで全員と思っていた相続人間で遺産分割協議書を作成したあとになって、新たな相続人が見つかった場合、その新たな相続人を含めた形での遺産分割協議書を改めて作成する必要があることになり、二度手間になってしまいます。
次に遺産分割の対象となる相続財産を全て洗い出し、把握をする必要があります。
仮にあとから抜け漏れがあったことがわかったら、遺産分割協議をやり直さなくてはなりません。
銀行口座や証券口座、不動産をはじめとして、調査が必要となる項目は多いです。
住宅ローンや借入金といった、負債についても全て把握する必要があります。
相続財産の洗い出しが終わったら、財産目録にしてまとめましょう。
法律的に財産目録を作成しなければならないというルールはありませんが、財産目録があれば遺産分割協議をスムーズに進めやすくなります。
相続人と相続財産を全て把握できたら、相続人全員で遺産分割協議をおこないます。
一堂に会しておこなうことまでが必須というわけではないため、調整役の誰かがそれぞれの相続人から意見を聞いて調整していく形を取っても問題ありませんが、伝言ゲームのようになり、結果として出来上がったものが不本意なものとなってしまう可能性もあります。
一堂に会して遺産分割協議をおこなうという場合でも、病気や遠方にいて参加できない方もいるでしょう。
その場合は、手紙やメール、Zoomなどのオンラインツールの活用も検討してみるとよいでしょう。
遺産分割協議が完了し相続人全員での合意が成立したら、遺産分割の内容を遺産分割協議書にまとめます。
協議書には誰が何を相続するかはもちろん、新しい相続遺産が見つかったらどうするかや費用まで、明確に記載しておくことが好ましいです。
どうしても遺産分割協議がまとまらない場合、遺産分割調停や審判を家庭裁判所に申し立てるのも手です。
調停では、第三者である調停委員が間に入り、解決策をまとめてくれます。
一方で審判では、裁判官に適切な分割方法をまとめてもらい、その内容で遺産分割を進めることが可能です。
審判の内容に不満がある場合は、不服申立てをおこない、高等裁判所の決定を受けることになります。
遺産分割協議をスムーズに進めるためには、いくつかのコツを覚えておきたいところです。
ここでは、遺産分割協議を早く終わらせるためのコツについてひとつずつ解説します。
相続人の間で感情的な対立があると、遺産分割協議がまとまり辛くなってしまいます。
そのため、遺産分割協議をスムーズに進めるためには、感情をおさえて冷静に判断することが必要です。
自分の要求を主張するだけでは、遺産分割協議はまとまりません。
相手の要求をしっかり聞いて、相手の立場に立って考えてみることも必要です。
それによって、相手の合意を得られない原因を理解できることもあります。
相続財産の価値や遺産分割に関わる法律的な知識を身に着けることで、遺産分割協議をスムーズに進めやすくなります。
実際、相続財産の価値や法律上のルールについて、参加者が勘違いしていることも多いです。
勘違いをしたままで協議を進めても、合意の形成は難しいでしょう。
法律的な知識によって、そういった勘違いを訂正し、論点を客観的に整理するのが遺産分割協議で合意を成立させるための近道です。
遺産分割協議の進行を弁護士に依頼することで、冷静かつ客観的な見方で話し合いを進められるようになります。
当事者同士だけでの話し合いだと、感情的なぶつかり合いが発生して客観的に話し合いを進められないことも少なくありません。
特にお互いの利害がぶつかっているときは、遺産分割協議が円滑に進みにくくなります。
そこで、理路整然と進行をすすめられる法律や相続の専門家として、弁護士に参加してもらうことをおすすめします。
当事者だけで会議を進めるより、生産的な話し合いができるようになるのはいうまでもないでしょう。
遺産分割協議が長引くと各種特例や控除が使えなくなったり、特別受益・寄与分を主張できなくなったりなど、さまざまなデメリットが生じます。
遺産分割協議が遅れ相続税の申告・納税にも遅れが生じ期限を守れないと、加算税や延滞税といったペナルティが発生する点も注意が必要です。
これらデメリットやペナルティを避けるためにも、遺産分割協議はできるだけ早く終わらせるようにしましょう。
進行役として弁護士に入ってもらうなどして、客観的な視点で協議をすすめるのも有効な手段です。
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