借金などの相続を避けるために相続放棄をしたいものの、遺留分は確保したい……
このように考える方がいらっしゃいますが、残念ながら両方は認められません。相続放棄と遺留分の確保は、いずれかを選択する必要があります。
本記事では、相続放棄をした場合における遺留分の取り扱いや、相続放棄の際に注意すべき遺留分のポイントなどを解説します。
特に、相続放棄をするかどうか迷っている方や、遺留分を請求したいけどすでに相続放棄をしてしまった方は、本記事を参考にしてください。
相続放棄は、亡くなった人(=被相続人)の遺産につき、資産・負債のいずれも一切相続しない旨の意思表示です(民法939条)。
被相続人の借金を相続したくない場合や、遺産相続に関わりたくない場合などには、相続放棄をおこなうことが有力な選択肢となります。
一方、遺留分とは、相続人が取得できる相続財産等の最低保障額です。
兄弟姉妹以外の相続人には、遺留分が認められています(民法1042条1項)。生前贈与・遺贈・相続によって取得できた相続財産等の金額が遺留分を下回る場合は、ほかの相続人等に対して「遺留分侵害額請求」をおこない、不足額に相当する金銭の支払いを受けられます(民法1046条1項)。
もともと遺留分を有していた相続人であっても、相続放棄をした場合には、遺留分侵害額請求をおこなうことができません。
相続放棄をした時点で、初めから相続人にならなかったものとみなされ、遺留分も失ってしまうからです(民法939条)。
(相続の放棄の効力)
第九百三十九条 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
引用元:民法 | e-Gov法令検索
したがって、相続放棄によって借金の相続を回避しつつ、遺留分だけは確保するというような「良いとこどり」は認められません。
相続放棄と遺留分は、どちらかを選択しなければならない点にご注意ください。
すでに相続放棄をした相続人が遺留分侵害額請求をおこなうためには、相続放棄を取り消すか、または相続放棄が無効であることが必要です。
ただし、相続放棄の取消しや無効が認められるケースは狭く限定されています。
したがって基本的には、一度相続放棄をしたら撤回できず、遺留分侵害額請求はできなくなると理解しておきましょう。
相続放棄を取り消すことができるのは、たとえば以下のようなケースです。
相続放棄を取り消す場合は、その旨を家庭裁判所に申述する必要があります(民法919条4項)。相続放棄をする際と同様に、申述書および添付書類を家庭裁判所に提出します。
相続放棄の取消しの申述期限は、追認できる時から6ヵ月、または相続放棄の時から10年のいずれかが経過するまでです(民法919条3項)。
いずれかの期間が経過すると、取消権が時効消滅してしまい、相続放棄を取り消すことができなくなるので注意が必要です。
また、相続放棄の取消しの可否については、家庭裁判所が取消原因の有無を審査したうえで判断します。
制限行為能力(未成年者・後見・保佐・補助)や錯誤・詐欺・強迫などに関する証拠資料が揃っていなければ、相続放棄の取消しは認められない可能性が高いです。
弁護士のサポートを受けながら、相続放棄の取消しが認められるようにきちんと準備を整えましょう。
相続放棄が無効になるのは、たとえば以下のようなケースです。
上記の場合には、いつでも相続放棄の無効を主張できます。取消しとは異なり、無効主張の期限は定められていません。
相続放棄の無効原因の一つである法定単純承認は、以下のいずれかの場合に成立します(相続放棄によって相続権を得た人が相続を承認した場合を除きます)。
なお、上記の法定単純承認事由に鑑みると、相続放棄後にあえて相続財産を消費することで、相続放棄を意図的に無効とすることができるように思われます。
しかし、法文上は法定単純承認によって相続放棄が無効になるケースだとしても、遺留分を確保するため意図的に相続放棄を無効化した場合には、信義則違反(民法1条2項)または権利濫用(民法1条3項)を理由に遺留分侵害額請求が認められない可能性があります。
法定単純承認による相続放棄の無効を前提として、遺留分侵害額請求ができるかどうかについては、法的にも判断が難しいところです。
弁護士に相談して、遺留分侵害額請求が可能かどうかにつきアドバイスを受けましょう。
相続放棄の取消しまたは無効を主張しつつ、それを前提として遺留分に相当する金銭を確保するためには、負担者(ほかの相続人など)に対して遺留分侵害額請求をおこなう必要があります。
遺留分侵害額請求は、以下のいずれかの手続きによっておこないます。いずれの手続きについても、弁護士を代理人として対応するのが安心です。
遺留分侵害額請求をおこなう際には、まず当事者間での協議を試みるのが一般的です。協議によって遺留分の精算方法につき合意が得られれば、トラブルを早期に解決できます。
遺留分侵害額請求に関する協議をおこなう際には、まず請求の相手方を定めなければなりません。
民法では、遺留分侵害額の負担順位について以下のルールが定められています(民法1047条)。
弁護士のサポートを受けながら、ほかの相続人が受けた生前贈与や遺贈・相続財産の内容を調査したうえで、遺留分侵害額請求の相手方を適切に決定しましょう。
(例)500万円の遺留分を有する相続人Aが600万円の相続財産等を取得した場合、Aの負担額は100万円が上限
(例)被相続人からAが遺贈を受け、Bが生前贈与を受けていた場合には、AがBよりも先に遺留分侵害額を負担する
(例)Aが相続開始の3年前、Bが相続開始の4年前、Cが相続開始の5年前にそれぞれ被相続人から生前贈与を受けていた場合には、「A→B→C」の順で遺留分侵害額を負担する
(例)被相続人からAが500万円、Bが300万円の遺贈を受けた場合には、AとBは「5:3」の割合で遺留分侵害額を負担する
(例)被相続人からAが500万円、Bが300万円の生前贈与を同時に受けていた場合には、AとBは「5:3」の割合で遺留分侵害額を負担する
(例)500万円の遺留分侵害額を負担すべきAが破産し、200万円しか遺留分侵害額を回収できなかった場合、不足額の300万円を他の人に対して請求することはできない
遺留分侵害額請求の相手方が決まったら、内容証明郵便などによって連絡して協議を始めましょう。
協議においては、まず相続放棄を取り消し、または相続放棄が無効であることを説明します。
取消しの事実を示す際には、家庭裁判所が発行する受理証明書を提示しましょう。無効を主張する際には、無効原因の存在を示して、相手方の理解を求めることになります。
請求する遺留分侵害額については、上記の負担順位を踏まえたうえで、相続財産・遺贈・生前贈与の価額、法定相続分および遺留分割合を基に計算します。専門的な計算が必要になるので、弁護士に対応してもらうのが安心です。
協議を通じて合意が調ったら、その内容をまとめた合意書を締結し、合意書の内容に従って遺留分侵害額の精算をおこないましょう。
遺留分侵害額の精算に関する協議がまとまらない場合は、家庭裁判所に調停を申し立てましょう。
遺留分侵害額の請求調停の申立先は、原則として相手方の住所地の家庭裁判所です。
調停では、民間の有識者から選任される調停委員が申立人と相手方の主張を公平に聴き取り、合意による解決に向けた調整をおこないます。
当事者同士で協議するよりも冷静な話し合いがしやすく、公正な解決が期待できます。
調停においては、調停委員に対して遺留分侵害額請求の根拠を示し、ご自身の請求が正当であることを理解してもらうことが大切です。弁護士のサポートを受けながら、証拠資料や説明資料などをあらかじめ準備しましょう。
遺留分侵害額の請求調停が不成立となった場合は、訴訟を提起して引き続き争うことができます。
なお、遺留分侵害額請求訴訟については調停前置主義が採用されているため、調停を経ずに訴訟を提起することは原則としてできません(家事事件手続法257条1項)。
遺留分侵害額請求訴訟の提起先は、相手方の住所地のほか、請求者の住所地(=義務履行地)を管轄する地方裁判所または簡易裁判所です(民事訴訟法4条1項、5条1号)。
請求額が140万円を超える場合は、地方裁判所の管轄となります。これに対して、請求額が140万円以下の場合は、地方裁判所にも簡易裁判所にも訴訟を提起可能です。
基本的には、ご自身の住所地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所に訴訟を提起するのが便利でしょう。なお調停とは異なり、家庭裁判所の管轄ではない点にご注意ください。
訴訟では、遺留分侵害額請求権の存在や金額などを、請求者の側が証拠に基づいて立証しなければなりません。
当事者に対する尋問がおこなわれるケースも多いため、調停以上に入念な準備が必要となります。
弁護士に訴訟代理を依頼して、裁判所に提出する資料の準備などを慎重に進めましょう。
相続放棄をするかどうかは、メリットとデメリットを総合的に比較したうえで判断すべきです。
具体的には、借金などの債務や管理が難しい不動産などを相続せずに済むメリットと、すべての遺産を相続できなくなるデメリットを比較検討する必要があります。
生前贈与や遺言書の内容が偏っており、相続できる遺産が非常に少なかった場合でも、遺留分については最低限確保できます。
相続放棄をすると遺留分も失ってしまうので、本当にそれでよいのか慎重に検討しましょう。
相続放棄をするかどうかを判断する際には、検討材料として以下の事項を確認しましょう。
【相続放棄をする際に確認すべきこと】
<一般的な確認事項>
相続放棄をおこなう際には、一般的に以下の事項を確認する必要があります。
被相続人が有していた財産(=相続財産)と、被相続人が負っていた債務の金額を比較して、どちらが多いかを確認します。債務の方が財産よりも多額である場合は、相続放棄をした方がよいケースが多いです。
相続財産の中に、どうしても相続したくない財産がある場合には、相続放棄をしないことを検討すべきです。
相続財産の中に管理が難しい財産(遠方の不動産など)がある場合には、相続放棄をした方がよいかもしれません。
ほかの相続人の主張などを踏まえて、ご自身がどの財産を相続できそうかについて見当を付けておきます。めぼしい財産を相続できなさそうであれば、相続放棄をすることも選択肢の一つです。
<遺留分に関する確認事項>
上記に加えて、遺留分侵害が問題になり得るケースにおいては、以下の事項についても確認しておきましょう。
相続財産、遺贈、一定期間内におこなわれた生前贈与(後述)の内容を調査します。財産だけでなく、被相続人が負っていた債務についても調査が必要です(相続債務は遺留分の基礎から控除されるため)。
遺留分侵害額請求の請求額を決める際には、ご自身の遺留分割合を確認する必要があります。
また、請求の相手方を正しく定めるためには、ほかの相続人の遺留分割合も計算すべき場合があります。
各相続人の遺留分割合は、相続人の構成に応じて決まります。
具体的には、被相続人の直系尊属のみが相続人の場合は法定相続分の3分の1、それ以外の場合は法定相続分の2分の1です(被相続人の兄弟姉妹には、遺留分が認められません)。
したがって、遺留分割合を計算するためには、相続人が誰であるかを確定しなければなりません。戸籍謄本などを参照して、相続人を漏れなく把握しましょう。
民法のルールに従った遺留分を確保できることを前提として、借金や管理が難しい不動産などを相続せずに済むメリットと、遺留分を含む相続権を一切失うことのデメリットを適切に比較検討しましょう。
遺留分侵害額請求をおこなう際には、生前贈与の調査が大きなポイントになります。
被相続人がおこなった生前贈与を漏れなく把握すれば、より多くの遺留分を確保できるからです。
相続人に対する生前贈与については相続発生前10年間、相続人以外の者に対する生前贈与については相続発生前1年間におこなわれたものが遺留分侵害額請求の対象です(民法1044条)。
財産の種類は限定されておらず、幅広い内容の生前贈与が遺留分侵害額請求の対象になります。
【遺留分侵害額請求の対象となる生前贈与の種類】
ほかの相続人などが受けた生前贈与を調査するのは大変ですが、弁護士のサポートを受ければ、調査が難しい生前贈与についても把握できる可能性がありますので、お早めに弁護士へご相談ください。
相続放棄を検討する際には、弁護士に相談・依頼することをおすすめします。
相続放棄について、弁護士に相談・依頼することの主なメリットは以下のとおりです。
相続放棄をすべきかどうかを適切に判断するためには、相続財産と相続債務の比較を正しくおこなう必要があります。そのためには、被相続人の財産・債務を漏れなく調査しなければなりません。
また相続財産の中には、不動産や未公開株式など、価値が明確でないものも含まれていることがあります。
これらの財産については、相続放棄の判断に先立って、専門的な見地から評価をおこなうことが望ましいです。
弁護士に依頼すれば、相続財産の調査や評価を正確におこなってもらえるので、相続放棄の判断材料を適切に集めることができます。
相続放棄をすべきかどうかの判断は、主に相続財産と相続債務の比較に基づいておこないますが、その他の要素も考慮すべき場合があります。
たとえば管理が難しい財産がある、遺産相続に関わりたくないなどの事情がある場合には、財産額が債務額を上回っているとしても、相続放棄をした方がよいかもしれません。
弁護士に相談すれば、相続放棄をすべきかどうかについて、総合的な観点からアドバイスを受けられます。
弁護士のアドバイスを踏まえて検討すれば、十分納得したうえで相続放棄の要否を判断できるでしょう。
相続放棄をすることを決めた場合には、その手続きを弁護士に一任できます。
相続放棄に当たっては、家庭裁判所に提出する申述書や戸籍謄本類などを準備しなければなりません。
弁護士に依頼すれば、書類の準備や家庭裁判所への提出などを全面的に代行してもらえます。
なお、相続放棄の申述をおこなった後では、家庭裁判所から照会書面が届きます。家庭裁判所の照会の目的は、法定単純承認などによって相続放棄が認められない場合でないかを確認することです。
弁護士には、家庭裁判所による照会への対応も依頼できます。確実に相続放棄を認めてもらうには、弁護士に照会への対応を依頼するのが安心です。
なお、相続放棄については司法書士も依頼を受け付けていますが、相続放棄の手続き全般について代理人として対応できるのは弁護士のみとされています。
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