相続債権者からの取り立てを受けた場合、すぐに請求に応じて支払ってしまうのは危険です。
相続放棄ができなくなったり、他の相続人との間でトラブルになったりするおそれがあります。
相続債務の支払いをおこなうのは、相続放棄の検討をおこなってからでも遅くはありません。
万が一、相続放棄の前あとで不本意に相続債務を支払ってしまったら、速やかに弁護士へ相談しましょう。
この記事では、相続債務を支払ってしまった場合でも相続放棄ができるのか、支払ったお金は相続放棄後に返してもらえるのか、などを詳しく解説します。
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相続放棄は、被相続人が生前債務を負担していた場合、債務の相続を回避するために有効な対策となります。
まずは、相続放棄の概要や手続きについて、民法上の基礎知識を確認しておきましょう。
相続放棄をした者は、初めから相続人にならなかったものとみなされます(民法939条)。
相続人ではなくなるということは、被相続人が死亡時点で有していた資産や債務につき、一切承継しなくなることを意味します。
したがって相続放棄をした者は、被相続人の債権者(相続債権者)から請求を受けたとしても、相続債務を支払う必要はありません。
被相続人の債務が資産を上回っている場合には、マイナスの財産を相続することを避けるため、相続放棄がおこなわれることが多いです。
また、そもそも遺産に興味がない、他の相続人と関わり合いになりたくないなど、他の理由で相続放棄を選択する方もいます。
相続放棄をした者の相続分は、他の相続人へ移転します。たとえば、以下のケースを考えてみましょう。
設例のケースでは、当初の法定相続分は以下のとおりです。
しかし、子Bは相続放棄をしたため、相続人は配偶者Aと子Cの2人だけとなっています。よって、実際の法定相続分は以下のとおりです。
当初の法定相続分からの変化を見ると、子Bがもともと有していた相続分が、相続放棄によって子Cへ移ったことがわかります。
なお、相続放棄をしていない他の続人がいない場合には、相続財産は最終的に国庫へ帰属します(民法959条)。
相続債務は、各相続人の法定相続分に応じて、按分的に承継されます。
相続放棄によって法定相続分が他の相続人に移転した場合、相続債務も移転先の他の相続人が引き継ぐことになります。
なお、相続放棄をしていない相続人が1人もいない場合には、債権者は現存する相続財産の中からしか弁済を受けられません(民法957条1項)。
相続放棄の手続きは、家庭裁判所に申述書などを提出しておこないます(民法915条1項)。
申述書のほか、戸籍関係の書類等を提出する必要があるので、余裕をもって準備を進めましょう。
相続放棄には、原則として「相続開始を知った時から3ヵ月以内」という期間制限があります。
相続財産の調査などが事前に必要となることを考慮すると、できる限り早い段階で、相続放棄に関する検討に着手することをおすすめします。
なお、相続放棄の期間を徒過した場合でも、申述が遅れた事情によっては、家庭裁判所の判断によって相続放棄が認められる可能性があります。
特に、相続債務の存在があとから判明した場合には、相続放棄が認められるケースが多いです。
相続放棄の必要が生じた場合には、相続開始から時間が経っていたとしても、諦めずに弁護士へ相談しましょう。
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相続放棄をする前に、債権者からの請求に応じて、相続債務を支払ってしまったという方もいるかもしれません。
相続債務を支払ってしまうと、相続放棄の可否に影響が生じる可能性がありますので、早めに弁護士へ依頼することをおすすめします。
法定単純承認とは、相続人に一定の行為があった場合に、「遺産を相続する」という意思表示(単純承認)があったものとみなすことをいいます(民法921条)。
相続債務の支払いが「法定単純承認」に当たる場合、相続放棄が認められなくなってしまいます。
法定単純承認事由としては、以下の3つが定められています。
相続債務の支払いは、上記のうち①の「相続財産の全部または一部を処分したとき(保存行為と短期賃貸借を除く)」に該当し、法定単純承認が成立することがあります。
以下では、相続債務の支払いについて法定単純承認が成立するのは、具体的にどのような場合であるかを検討してみましょう。
相続財産には手を付けずに、相続人が自分の預貯金などを用いて、相続債務を弁済するケースがあります。
この場合、相続財産を処分したわけではありませんから、「相続財産の全部または一部を処分したとき」には該当しません。
したがって、自分の財産を用いて相続債務を弁済しても法定単純承認は成立せず、相続放棄は依然として認められます。
相続財産を用いて相続債務を支払った場合には、法定単純承認が成立する可能性があるので注意が必要です。
相続債務の弁済のためであるとはいえ、相続財産を弁済に充てる行為は、相続財産の「処分」に該当します。
そのため、「相続財産の全部または一部を処分したとき」として、法定単純承認が成立してしまうかもしれないのです。
ただし例外的に、相続財産の処分が「保存行為」に当たる場合には、法定単純承認は成立しないことになっています(民法921条1項但し書き)。
「保存行為」とは、財産の現状を維持するための行為です。 金銭債務に関しては、弁済期の到来した債務を支払うことが「保存行為」に当たると解されています。
弁済期の到来した債務を支払わなければ、残債の一括支払いを請求されてしまう可能性があるからです。
したがって、相続債務のうち弁済期が到来した部分については、相続財産を用いて支払ったとしても法定単純承認は成立しないと考えられます。
これに対して、相続財産を用いて弁済期未到来の債務を繰り上げ返済した場合には、法定単純承認が成立する可能性があるので注意しましょう。
相続放棄をした者は、債権者に対して相続債務を支払う義務はなくなります。
しかし相続放棄の前後において、債権者からの請求に応じて、相続債務を支払ってしまう方もいます。
裁判所に相続放棄の申述が受理された場合、すでに相続債権者に対して支払ったお金を、返してもらうことはできるのでしょうか?
自分の意思で相続債務を支払った場合、原則として、相続債権者からそのお金を返してもらうことはできません。
相続放棄をした場合、相続債務を弁済する義務は、相続開始の時点に遡って消滅します。
したがって、相続放棄をした者がおこなった相続債務の弁済は、法的には義務のない行為になります。
しかし弁済義務がない者であっても、他人のために債務を弁済することは、原則として有効です(民法474条1項)。
これを「第三者弁済」といいます。つまり、相続放棄をした者による相続債権者への弁済は、第三者弁済として有効となります。
したがって相続放棄をした者は、あとから相続債権者に対して、弁済したお金を返せと請求することはできないのです。
ただし、以下のいずれかに該当する場合には、相続放棄をした者が相続債権者に対して、例外的に支払ったお金の返還を請求できる可能性があります。
以下のいずれかに該当する場合、第三者弁済は無効となります。
債権者に騙されて相続債務を支払った場合、弁済を取り消して返金を請求できます(民法96条1項)。
たとえば相続放棄をしたにもかかわらず、債権者が言葉巧みに誘導して弁済義務があるかのように誤解させた場合には、詐欺取消しが認められる可能性があります。
債権者の暴行や脅迫により、相続債務の支払いを強制された場合には、弁済を取り消して返金を請求できます(民法96条1項)。
たとえば相続放棄をした旨を説明したにもかかわらず、債権者が聞き入れずに悪質なやり方で取り立てを続けた場合には、強迫取消しが認められる可能性があります。
相続債権者に対する第三者弁済が有効と認められ、相続債権者への返金請求が認められない場合でも、支払った金額を他の相続人に請求することは可能です。
第三者弁済をした者は、「弁済による代位」(民法499条)によって、債務者に対する原債権を取得します。
これは、債務の消滅によって利益を受ける債務者に対して、第三者弁済をした者が求償できるようにするためです。
相続放棄をした者が相続債務を支払った場合、「弁済による代位」により、遺産を共有する相続人全員に対する原債権を取得します。
この場合、相続放棄をした者は他の相続人に対して、相続債務を弁済したお金を支払うよう請求できるのです。
相続放棄が視野に入っている状況で相続債務を弁済してしまうと、債権者や他の相続人とのトラブルに発展する可能性が生じてしまいます。
もし債権者から相続債務の支払いを求められた場合には、落ち着いて以下の対応をとりましょう。
相続放棄は、債務の相続を遡って回避することができる、強力な対処法です。
ただし、相続放棄は原則として、相続開始を知った時から3ヵ月以内におこなわなければなりません。
期間経過後も相続放棄が認められる可能性はありますが、家庭裁判所に対する経緯等の説明を要し、手続きが煩雑になってしまいます。
そのため、相続債権者から債務を支払うよう求められた場合には、速やかに相続放棄の検討へ着手しましょう。
相続財産の全体像を正しく把握し、相続放棄のメリットとデメリットを適切に比較することが大切です。
被相続人の遺産を一部でも処分してしまうと、法定単純承認が成立し、相続放棄が認められなくなってしまうおそれがあります。
特に相続債務が多額に及ぶ場合には、相続放棄が認められなくなることによる弊害は甚大です。
相続債権者から債務の支払いを求められている状況では、遺産を処分することは厳に慎みましょう。
相続債務のうち、弁済期が到来する債務については、期限どおり支払うことを求められます。
この場合、弁済期到来済みの債務については、相続財産を用いて弁済しても法定単純承認は成立しないと考えられます。
しかし境界線が微妙なケースもあるので、不安な場合は、相続人自身の財産を用いた弁済を検討してください。
なお、弁済期が到来した相続債務は、各相続人が法定相続分に応じて支払うべきものです。
もし相続債権者から弁済期が到来した相続債務全額の支払いを求められた場合には、他の相続人と協議のうえで支払いをおこないましょう。
相続放棄をおこなった場合、相続債務を支払う義務はなくなりますので、相続債権者からの請求は毅然と断りましょう。
もし相続放棄をしたあとも、相続債権者がしつこく請求をおこなってくる場合には、債権者対応を弁護士に依頼するのがおすすめです。
相続債権者の請求に応じて、不本意に相続債務を支払ってしまった場合でも、お金を取り返す道は残されています。
条件を満たせば、相続放棄後に債権者や他の相続人に対して、支払い済みの弁済資金の返金を請求できる可能性があるからです。
ただし返金を実現するためには、相続放棄に関する法律上のルールを十分に踏まえたうえで、慎重に対応する必要があります。
特に法定単純承認に当たる行為をしてしまうと、相続放棄が認められなくなったり、すでにおこなった相続放棄の効果が消滅してしまったりするおそれがあるので要注意です。
弁護士に依頼すれば、支払い済みの弁済資金を回収するための方法や注意事項について、状況に合わせたアドバイスを受けられます。
相続放棄に関する検討・手続きから、その後の債権者対応まで一任できるため、依頼者の負担は大きく軽減されるでしょう。
弁護士への依頼により、相続放棄や相続債務の取り扱いに関するトラブルのリスクを、最小限に抑えることが可能です。
相続放棄に伴い、相続債務を支払ったお金を取り戻したい場合には、お早めに弁護士へ相談しましょう。
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