相続人が被相続人から受けた遺贈や贈与は「特別受益」に当たり、相続財産への持ち戻しの対象となります。
ただし、被相続人があらかじめ意思表示をすれば、特別受益の持ち戻しを免除することが可能です。
特別受益の持ち戻し免除をしたいときは、その方法や手続きなどについて弁護士のアドバイスを受けましょう。
本記事では特別受益の持ち戻し免除について、方法・注意点・トラブルの解決策などを解説します。
「特別受益の持ち戻し免除」とは、被相続人の意思表示により、相続人が得た特別受益の相続財産への持ち戻しを免除することをいいます。
「特別受益」とは、相続人が亡くなった被相続人から得た特別の利益をいいます。
以下の要件を満たす遺贈・贈与が特別受益に当たります(民法903条1項)。
なお、相続人以外の者が被相続人から受けた贈与は、特別受益に当たりません。
たとえば、以下のような遺贈や贈与の例は特別受益に当たります。
相続人に特別受益がある場合は、特別受益の額を相続財産額に加算した上で、各相続人の法定相続分を計算するものとされています(民法903条1項)。
これを「特別受益の持ち戻し」といいます。
特別受益の持ち戻しが定められているのは、法定相続人間の公平を図るためです。
特別受益を反映した相続分(=具体的相続分)のうち、特別受益に相当する額は、受益者がすでに取得したものとみなされます。
したがって未分割の遺産については、特別受益のある相続人の取り分が減り、それ以外の相続分の取り分が増えることになります。
ただし2023年4月1日以降に発生した相続については、相続開始の時から10年経過後に遺産分割をするときは、特別受益の持ち戻しをしないものとされています(民法904条の3)。
設例1では、現存する相続財産額は3,000万円ですが、特別受益1,000万円を持ち戻した後の相続財産額は4,000万円です。
4,000万円を法定相続割合(A:2分の1、B:各4分の1)に応じて割り振ると、相続分はAが2,000万円、B・Cが各1,000万円となります。
Aはすでに特別受益として1,000万円を取得しています。
したがって、現存する相続財産に対する取り分は、A・B・Cのいずれも1,000万円ずつとなります。
特別受益の持ち戻しは、被相続人の意思表示によって免除することが認められています(民法903条3項)。
相続財産の分け方については、できる限り被相続人の意思を反映することが望ましいと考えられるためです。
特別受益の持ち戻し免除の意思表示については、特に方式が定められていません。
したがって、何らかの方法によって被相続人の意思表示がなされていれば、特別受益の持ち戻しをせずに各相続人の相続分を計算します。
設例2では、現存する相続財産額と特別受益の状況は設例1と同じです。
ただし、被相続人がAの特別受益の持ち戻しを免除する意思表示をしています。
特別受益の持ち戻しが免除されているため、現存する相続財産額の3,000万円を、法定相続割合(A:2分の1、B:各4分の1)に応じてA・B・Cに割り振ります。
すると、Aの相続分は1,500万円、B・Cの相続分は各750万円となります。
特別受益の持ち戻しを免除する意思表示については、法律上特に方式が定められていません。
したがって、どのような方法でも持ち戻し免除の意思表示をすることができます。
特別受益の持ち戻し免除の意思表示をおこなう具体的な方法としては、以下の例が挙げられます。
遺贈(=遺言による贈与)について特別受益の持ち戻しを免除する際には、遺言書において持ち戻し免除の意思表示を記載するのが一般的です。
また、遺言書はすべての相続人の目に触れることになるので、生前贈与に関する持ち戻し免除の意思表示も遺言書に記載しておくのがよいでしょう。
遺贈について特別受益の持ち戻しを免除する遺言書文例 |
第○条 1 遺言者は、長男Aに対して別紙記載の不動産を遺贈する。 2 前項記載の遺贈については、相続財産への持ち戻しを免除する。 |
生前贈与について特別受益の持ち戻しを免除する遺言書文例 |
第○条 遺言者は、長男Aに対して○年○月○日付で贈与した金○○万円につき、相続財産への持ち戻しを免除する。 |
生前贈与に関して贈与契約書を締結する場合は、その契約書の中で持ち戻し免除の意思表示をすることも考えられます。
生前贈与について特別受益の持ち戻しを免除する契約書文例 |
第○条 1 甲は乙に対して別紙記載の不動産を贈与する。 2 前項記載の贈与については、贈与者の死亡に伴う相続に関し、相続財産への持ち戻しを免除する。 |
特別受益の持ち戻し免除の意思表示をするに当たり、文書の方式は特に指定されていません。
そのため、遺言書や契約書だけでなく、メモなどによって持ち戻し免除の意思表示をすることも可能です。
ただし、メモは誰にも発見されず、見過ごされてしまうケースも多いです。
持ち戻し免除の意思表示を相続人へ確実に伝えたいなら、遺言書や契約書に記載することをおすすめします。
やむを得ずメモで持ち戻し免除の意思表示をする場合は、そのメモに署名捺印をおこないましょう。
署名捺印には、文書の真正な成立を推定させる効力があります(民事訴訟法228条4項)。
生前贈与について特別受益の持ち戻しを免除するメモ例 |
私が長男Aに対して○年○月○日付で贈与した金○○万円については、私の死亡に伴う相続に関し、相続財産への持ち戻しを免除します。 |
特別受益の持ち戻し免除の意思表示は、口頭ですることも可能です。
ただし、記録を残さずに口頭だけで意思表示をすると、その事実を後から証明することが非常に難しくなります。
やむを得ず口頭で持ち戻し免除の意思表示をする場合は、その様子を撮影して記録に残しておきましょう。
文書や口頭で明示的に意思表示がなされていなくても、被相続人の言動や受遺者・受贈者との関係性などを総合的に考慮して、特別受益の持ち戻しを免除する黙示の意思表示が認められることがあります。
ただし、持ち戻し免除の黙示の意思表示がなされたかどうかについては、過去の裁判例においてもしばしば争われています(後述)。
被相続人が特別受益の持ち戻しを免除したいときは、「言わなくても分かるだろう」などと考えず、その旨の意思表示を明示的におこないましょう。
特別受益の持ち戻し免除の意思表示をする際には、以下の各点に注意しましょう。
婚姻期間が20年以上の夫婦間において、居住用の建物またはその敷地について遺贈または贈与がなされたときは、その遺贈・贈与について相続財産への持ち戻しを免除する意思表示をしたものと推定されます(民法903条4項)。
上記の遺贈・贈与について、もし相続財産への持ち戻しを免除したくないなら、持ち戻し免除をしない旨を明示的に意思表示しておきましょう。
相続人の特別受益のうち、遺贈および相続開始前10年間に受けた贈与については、遺留分の基礎に算入するものとされています(民法1044条1項・3項)。
遺留分とは、相続などによって取得できる財産の最低保障額です。
兄弟姉妹およびその代襲相続人を除く法定相続人には、遺留分が認められています(民法1042条1項)。
遺留分の基礎に特別受益が算入される場合、各相続人の遺留分額は増えることになります。
被相続人が特別受益の持ち戻しを免除する意思表示をしても、遺留分の基礎となる財産から特別受益を除外することはできません。
相続人の権利である遺留分を、被相続人の意思表示によって害することはできないためです。
特に、遺言書によって相続分をあらかじめ指定する際には、各相続人の遺留分に配慮する必要があります。
その際には、持ち戻しの免除をするか否かにかかわらず、特別受益を含めた財産を基礎として遺留分額を計算しましょう。
特別受益の持ち戻し免除の意思表示について、法律上は特に方式が定められておらず、口頭や黙示の意思表示も認められています。
しかし口頭による意思表示は、その存在や時点などを立証するのが難しいという問題があります。
黙示の意思表示も、被相続人の意思内容を巡って相続人が激しく争うケースが多く、相続トラブルの原因になりやすい点が大いに問題です。
相続トラブルのリスクを最小限に抑えるためにも、特別受益の持ち戻しを免除する際には、遺言書や契約書によって意思表示をおこないましょう。
特別受益の持ち戻しを免除する意思表示をした後でも、被相続人はその意思表示を撤回することができます。
持ち戻し免除の意思表示の撤回は、いつでも可能です。
撤回の意思表示の方式は限定されていませんが、遺言書などの書面でおこなうことが望ましいでしょう。
特別受益に関しては、遺産分割に当たって相続人の間で揉めてしまうケースがよくあります。
特別受益に関するトラブルが発生してしまったら、以下の方法によって解決を図りましょう。
特別受益に関する相続人同士のトラブルは、一部の相続人が優遇されたことについて、他の相続人が納得できないために発生するケースが多いと考えられます。
このような場合には、相続人同士で話し合っても感情のぶつけ合いになってしまい、遺産分割協議がなかなかまとまりません。
弁護士に依頼すれば、遺産分割に関する論点を整理してもらえるので、遺産の分け方について冷静に話し合いを進められるようになります。
また、弁護士が間に入って各相続人とやり取りをすることで、相続人同士で直接話し合う必要がなくなります。
感情的なぶつかり合いを避けられれば、特別受益を含む論点が解消され、遺産分割トラブルが解決へと向かう可能性が高まるでしょう。
遺産分割協議がまとまる見込みがないときは、家庭裁判所に対して遺産分割調停を申し立てましょう。
遺産分割調停では、中立である調停委員が各相続人の言い分を公平に聴き取り、歩み寄りを促すなどして合意形成をサポートします。
弁護士が間に入る場合と同様に、調停委員を介して冷静に話し合うことにより、遺産分割の合意を得られる可能性が高まります。
遺産分割調停が不成立となった場合には、家庭裁判所が審判をおこなって遺産分割の内容を決定します。
審判が確定すれば、すべての相続人に対して法的拘束力が生じるため、遺産分割トラブルを解決することができます。
遺産分割調停や審判に対応する際には、弁護士に依頼するのが安心です。
経験豊富な弁護士に依頼すれば、調停・審判に臨むための準備や当日の対応などを全面的にサポートしてもらえます。
特別受益の持ち戻し免除に関しては、明示的な意思表示がなかった場合に、一部の相続人が黙示の意思表示の存在を主張して争うケースがしばしば見られます。
特別受益の持ち戻し免除に関して、黙示の意思表示の有無が争われた裁判例を紹介します。
神戸家庭裁判所伊丹支部が平成15年8月8日におこなった審判では、亡くなった被相続人が、東京で一人暮らしをする相続人に対して約2年間で4回、合計250万円を送金していた事案が問題になりました。
神戸家庭裁判所伊丹支部は、一人暮らしをする相続人を心配して生活資金を贈与したものと考えられることを踏まえて、被相続人の黙示による持ち戻し免除の意思表示を認定しました。
経済的自立が難しい相続人に対して生活費を補助するためにおこなわれた贈与については、明示的な意思表示がなくても、相続財産への持ち戻し免除が認められる可能性があると考えられます。
大阪高等裁判所が平成25年7月26日におこなった決定の事案では、遺言によって贈与された不動産について、被相続人が黙示に持ち戻し免除の意思表示をしたかどうかが争われました。
大阪高等裁判所は、遺贈について持ち戻し免除が認められるためには、生前贈与と比較してより明確な意思表示がなされなければならないと判示しました。
さらに、遺贈された不動産の価額が遺産全体の4割と大きな割合を占めていたことも考慮して、被相続人の黙示による持ち戻し免除の意思表示を認めませんでした。
遺贈については、遺言書に明示的な記載がない限り、黙示による持ち戻し免除の意思表示は認められにくいと考えられます。
また遺贈と生前贈与のどちらであるかを問わず、対象財産の価額が遺産全体に対して大きな割合を占める場合は、相続人間の公平の観点から黙示による持ち戻し免除の意思表示は認められにくいと思われます。
特別受益を巡ってのトラブルは、遺産分割協議においてよく発生します。
それぞれの相続人が納得できない思いを抱えた状態で話し合っても、感情のぶつけ合いになり、遺産分割協議はなかなかまとまりません。
相続人同士で話し合っても結論が出ないときは、解決方法を弁護士に相談しましょう。
遺産相続について豊富な経験を有する弁護士に相談すれば、遺産分割協議の仲介や調停・審判の申立てなどを通じて、スムーズに相続トラブルを解決できるようにサポートしてもらえます。
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