令和5年の税制改正では、相続時精算課税制度に110万円の基礎控除が設けられるなど、さまざまな変更が加えられました。
その結果、贈与税や相続税の節税を狙うには、新しい制度の内容を踏まえたうえで、相続時精算課税制度や暦年贈与制度について再考する必要があります。
そこで今回は、相続時精算課税制度の改正で設計された基礎控除制度の概要や、暦年贈与制度における持ち戻し期間の改正などについてわかりやすく解説します。
贈与税・相続税の節税を狙うなら全体的な視点が欠かせないので、できるだけ早いタイミングで弁護士・税理士などの専門家までご相談ください。
令和5年の税制改正では、相続時精算課税制度に大きな変更点が加えられました。
まずは、従来の相続時精算課税制度の特徴と改正ポイントについて解説します。
基本的な方向性としては、利用者にとって使いやすい方向性への変更です。
相続時精算課税制度とは、一定の要件・手続きを満たす場合に限って、2,500万円までの贈与額なら贈与税は発生せず、2,500万円超の部分に対しては税率20%で課税される制度のことです。
贈与者と受贈者が直系血族関係にあり、それぞれに年齢要件が課されています。
また、事前に相続時精算課税選択届出書の提出等の手続きを要するなど、制度利用にあたってはいくつかのハードルをクリアする必要がありますが、相続時精算課税制度を利用することによって、以下のメリットを手にできるとされています。
【相続時精算課税制度を利用するメリット】
その一方で、相続時精算課税制度を選択すると、その後は暦年課税制度を利用できなくなるので、資産の取扱いに関する将来予測が立たなければ相続時精算課税制度の活用に踏み出しにくいという難点を抱えていました。
令和5年の税制改正では、相続時精算課税制度を利用しやすくするために、基礎控除制度が新設されたのがポイントです。
従来、相続時精算課税制度を利用した場合、累計2,500万円までの贈与については贈与税が非課税でしたが、相続が発生するとすべて相続財産に組み込まれるため、贈与税の非課税枠として算入されていた2,500万円までの贈与分は相続税の対象になると扱われていました。
また、暦年課税制度を併用できず2,500万円以内か否かを判定する必要があるため、どれだけ少額の贈与でも常に届出をしなければいけないという手続き上の煩雑さも存在しました。
このような実情を踏まえて、令和5年の税制改正では、相続時精算課税制度を利用した場合でも、令和6年1月1日以降の贈与につき1年間110万円までの基礎控除を認め、贈与税がかからないだけではなく、相続発生時に相続財産に組み込むこともせず、相続税もかからなくするという方針転換が盛り込まれました。
つまり、新たな相続時精算課税制度では、従来型の2,500万円以内の特別控除に加えて、年110万円の基礎控除が新たに追加されたということです。
当然ながら、110万円以内の基礎控除枠内の贈与であれば、申告手続きも不要とされます。
以上を踏まえると、基礎控除枠の追加と申告手続きの簡素化によって、相続時精算課税制度は利用者にとって大幅に使いやすくなったと言えるでしょう。
それでは、相続時精算課税制度の改正によってどれだけの節税効果を期待できるようになったのか、具体的なケースに当てはめて説明します。
1年につき400万円ずつ、10年間で合計4,000万円贈与したケースについて節税効果を検討しましょう。
【改正前の相続時精算課税制度】
|
1年目 |
2年目 |
3年目 |
4年目 |
5年目 |
6年目 |
7年目 |
8年目 |
9年目 |
10年目 |
贈与累計 |
400万円 |
800万円 |
1,200万円 |
1,600万円 |
2,000万円 |
2,400万円 |
2,800万円 |
3,200万円 |
3,600万円 |
4,000万円 |
2,500万円超過部分 |
なし |
なし |
なし |
なし |
なし |
なし |
300万円 |
400万円 |
400万円 |
400万円 |
贈与税額 |
なし |
なし |
なし |
なし |
なし |
なし |
60万円 |
80万円 |
80万円 |
80万円 |
【改正後の相続時精算課税制度】
|
1年目 |
2年目 |
3年目 |
4年目 |
5年目 |
6年目 |
7年目 |
8年目 |
9年目 |
10年目 |
基礎控除 |
110万円 |
110万円 |
110万円 |
110万円 |
110万円 |
110万円 |
110万円 |
110万円 |
110万円 |
110万円 |
課税対象贈与額累計 |
290万円 |
580万円 |
870万円 |
1,160万円 |
1,450万円 |
1,740万円 |
2,030万円 |
2,320万円 |
2,610万円 |
2,900万円 |
2,500万円超過部分 |
なし |
なし |
なし |
なし |
なし |
なし |
なし |
なし |
110万円 |
290万円 |
贈与税額 |
なし |
なし |
なし |
なし |
なし |
なし |
なし |
なし |
22万円 |
58万円 |
以上を踏まえると、相続発生時に相続財産に加算される金額が大幅に目減りしていること、また、基礎控除の設定によって毎年の贈与税額を大幅に節約できることから、令和5年の税制改革によって相続時精算課税制度はかなり使いやすい制度になったといえるでしょう。
相続時精算課税制度だけではなく、令和5年の税制改正では、暦年贈与制度にも見直しが加えられました。
暦年贈与とは、「1月1日から12月31日までの贈与額が110万円以下なら贈与税は発生しない」という基礎控除枠の仕組みを活用する節税方法のことです。
たとえば、毎年100万円ずつ贈与を繰り返したとしても、1年あたりの基礎控除の範囲に収まっているので、複数年をかけて総額どれくらいの贈与額になったとしても、贈与税が課されることはありません。
また、年間110万円超の贈与を受けたとしても基礎控除を利用すれば課税対象額を減額できるので、贈与税の節税に役立ちます。
暦年贈与には、「持ち戻し」というルールが用意されている点に注意が必要です。
具体的には、暦年贈与をしていた人物が死亡した場合、相続発生時から遡って「一定年数まで」の贈与財産は相続財産に持ち戻したうえで相続税の算定根拠とする、というものです。
死亡直前に駆け込み贈与をして相続税負担を回避するのを防止する目的で定められています。
令和5年の税制改革では、持ち戻し期間について改正がおこなわれ、従来は「相続発生時から3年分」の贈与額が持ち戻し対象だったのに対して、改正後は「相続発生時から7年分」を持ち戻すこととされました。
なお、延長分4年~7年分の持ち戻しについては100万円の控除が認められています。
相続時精算課税制度では基礎控除が新設されましたが、暦年贈与は持ち戻し期間が延長されたため、今後はどちらの方が贈与税・相続税の節税効果が高いかより慎重な判断を要することになります。
まずは、税制改革後の相続時精算課税制度と暦年贈与を比較します。
|
相続時精算課税制度 |
暦年贈与 |
贈与者 |
贈与をした年の1月1日における満年齢が60歳以上の父母・祖父母など |
誰でも可 |
受贈者 |
贈与を受けた年の1月1日における満年齢が18歳以上の子・孫など |
誰でも可 |
非課税枠 |
上限2,500万円 年110万円 |
年110万円 |
非課税超過部分に課される税率 |
一律20% |
課税対象額に応じて累進課税 |
贈与額が基礎控除110万円以下のケースでは、相続時精算課税制度の方が節税効果が高いと考えられます。
なぜなら、暦年贈与で基礎控除以下の贈与を繰り返していたとしても、相続発生時に過去7年分が相続財産に持ち戻されるからです。
これに対して相続時精算課税制度なら相続発生時であっても基礎控除以下の贈与額が持ち戻されることはありません。
贈与額が基礎控除110万円を超えるケースでは、相続発生までの期間が短ければ相続時精算課税制度の方が節税効果が強く、暦年贈与の方が不利に働く傾向にあります。
というのも、暦年贈与は長期間に渡ってコツコツと110万円ずつ節税を続けることによって効果を発揮するものなので、短期決戦では「2,500万円の控除枠を使い切るまでは非課税」という相続時精算課税制度には及ばないからです。
ただし、贈与額が基礎控除110万円を超えるケースでも、相続発生までの期間が長ければ長いほど、暦年贈与の節税効果が大きなメリットをもたらすことになります。
特に、相続発生時から7年の持ち戻し期間を別にしてもなお、長期間にわたって「毎年110万円」の節税効果を積み上げていれば、「2,500万円が上限」の相続時精算課税制度を上回る節税効果を期待できる場合もあり得るでしょう。
相続時精算課税制度と暦年贈与のどちらが有利かは、毎年の贈与額・贈与年数・相続が発生するタイミングなどの諸般の事情が絡み合って決まるものなので、一律にどちらが有利だと決めることはできません。
現在の資産状況や相続人の人数、被相続人の健康状態などを加味しながら、弁護士や税理士などの専門家の意見を参考にしてください。
相続税や贈与税は工夫ひとつで大幅な節税が可能です。
ここからは、相続税や贈与税で損をしない方法について解説します。
特に、暦年贈与をおこなう場合には、できるだけ早いタイミングで贈与をスタートするのがおすすめです。
なぜなら、贈与開始時期が早いほど相続発生時までの期間を長くすることができるので、「年110万円の節税効果」を積み重ねる量が増えるからです。
また、収益を生み出す財産も早めに贈与した方がお得です。
たとえば、継続した賃料収入が期待できる不動産を贈与した場合、贈与後に発生した賃料は相続財産に算入されることはありません。
ただし、贈与後の賃貸収入は、受贈者の所得として課税対象になります。
以上のように、贈与を始めるタイミングが早いほど選択肢が多い状態で節税対策を検討できるので、「税金の問題は後回ししない」という姿勢を大切にしてください。
贈与税・相続税の節税を狙うのなら、価値が下がっている株式や投資信託、不動産などを優先的に贈与するのがおすすめです。
なぜなら、相続発生時にこれらが持ち戻されるとしても、贈与したときの価額(価値が下がったときの価額)が評価額の基準になるからです。
特に、相続発生時に贈与時よりも価格が高騰している状況なら、実質的な相続税率を大幅にディスカウントできる点でメリットが大きいでしょう。
贈与税と相続税をセットで考えなければ、トータルでの節税効果は期待できません。
たとえば、目先の贈与税のことだけに執着して基礎控除内の110万円ギリギリの贈与を始めたとしても、数年以内に相続が発生してしまうと贈与分がすべて相続財産に持ち戻されるので、相続税が高くなる可能性が高いです。
全体の節税効果を狙うなら、「総額いくらの資産を引き継がせたいのか」「相続発生までどれくらいの期間が想定されるのか」など、不確かな事情にも目を向ける必要があります。
「これが正解」というものは存在しないので、弁護士や税理士などの専門家の意見を参考にしながら、「ベターかつ損をしない」選択肢についてアドバイスを求めましょう。
贈与税や相続税の対策でお悩みなら弁護士・税理士などの専門家に相談するのがおすすめです。
なぜなら、そもそも税制度は常に改正が繰り返されているため専門家でなければリアルタイムな税制度に精通できないだけでなく、素人では知ることのできなかった特例制度などについても案内してもらえる可能性が高いからです。
特に、贈与税や相続税は、相続が発生するタイミングと密接に絡み合った問題です。
節税対策を始める時期が早いほど有利な状況を作り出しやすいので、まずは無料相談などの機会を積極的にご活用ください。
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