毎年の12月になると、翌年以降の税制を決める「税制改正大綱」が発表されます。
2023年の税制改正大綱では贈与税の扱いに大きな変更があったので、テレビや新聞で見聞きされた方も多いことでしょう。
しかし、一般的な解説のみとなっているため、以下のような疑問や不安を感じている方も少なくありません。
贈与税は大きな変更点が2つあり、いずれも生前贈与加算や相続時精算課税制度を理解していることが前提になっています。
ここでは、贈与税の変更点などをわかりやすく解説しますので、相続税対策を検討している方はぜひ参考にしてください。
贈与税の制度変更の理由は、高齢者に集中している資産を若年層に移転させると、消費が活発になり経済も活性化するという狙いがあるからです。
そもそも贈与税は相続税の補完税なっているため、相続税を回避するために財産を移転しても一定額を超えれば贈与税がかかる仕組みです。
しかし、税率の設定が相続税よりも高いことから、まとまった財産を家族に引き継ぐのであれば、あえて贈与はおこなわず、相続で取得させる方もこれまで多かったようです。
今回の改正を受け、今後は「子どもや孫への贈与は早いうちがよい」という流れになるかもしれません。
贈与税の課税方式は暦年課税と相続時精算課税制度の2種類になっており、暦年課税による贈与がよく利用されています。
しかし2023年税制改正により、今後は相続時精算課税制度が主流になる可能性があるので、まず現行の制度をおさらいしておきましょう。
暦年課税とは、1年間の贈与の合計額に贈与税を課税する方式です。
ただし、受贈者1人につき年間110万円の基礎控除があるため、基礎控除以下の贈与であれば非課税になり、贈与税申告も必要ありません。
暦年贈与とも呼ばれており、複雑な要件などがないことから、よく利用されている贈与の方法です。
2023年の税制改正大綱が公表されるまでは、「暦年贈与の110万円控除が廃止されるのでは?」といった予想もありましたが、今回の改正は影響なしです。
また、贈与を受ける受贈者の年齢で税率が異なり、以下のように一般贈与税率と特例贈与税率に分かれています。
未成年者の子どもや孫に贈与するときや、夫婦間や兄弟姉妹間で贈与する場合、課税価格に応じて以下の一般贈与税率を適用します。
課税価格 |
200万円以下 |
300万円以下 |
400万円以下 |
600万円以下 |
1,000万円以下 |
1,500万円以下 |
3,000万円以下 |
3,000万円超 |
税率 |
10% |
15% |
20% |
30% |
40% |
45% |
50% |
55% |
控除額 |
‐ |
10万円 |
25万円 |
65万円 |
125万円 |
175万円 |
250万円 |
400万円 |
贈与税を計算するときは、贈与額から基礎控除110万円を差し引いて課税価格を算出し、課税価格に応じた税率を乗じるので、計算式は以下のようになります。
では、500万円を贈与したときの税額を2段階で計算してみましょう。
贈与税を計算する場合、贈与額にそのまま税率を乗じてしまうケースがあるので注意してください。
贈与した年の1月1日時点で受贈者が成人している場合、直系の父母や祖父母から贈与を受けたときは、以下の特例贈与税率が適用されます。
課税価格 |
200万円以下 |
400万円以下 |
600万円以下 |
1,000万円以下 |
1,500万円以下 |
3,000万円以下 |
4,500万円以下 |
4,500万円超 |
税率 |
10% |
15% |
20% |
30% |
40% |
45% |
50% |
55% |
控除額 |
‐ |
10万円 |
30万円 |
90万円 |
190万円 |
265万円 |
415万円 |
640万円 |
贈与税の計算方法は一般贈与税率の例と変わらないので、同じ500万円を贈与したとき、贈与税がいくらになるか計算してみます。
同じ500万円の贈与でも、一般贈与税率のパターンに比べると、税額は4万5,000円低くになりました。
成人している受贈者は未成年者よりも資金ニーズが高くなることから、資産を移転しやすいように優遇税率が設定されているようです。
相続時精算課税制度とは、贈与したタイミングでは課税をおこなわず、贈与者が亡くなったときの相続財産に贈与分を加算し、相続時にまとめて課税する方式です。
60歳以上の父母や祖父母から、18歳以上の子どもや孫へ贈与するときに使える制度ですが、贈与財産が相続税の課税対象になるため、相続税の節税効果は期待できません。
ただし、相続時精算課税制度には2,500万円の特別控除があり、2,500万円を超えた部分の税率は一律20%です。
では、3,000万円を贈与したときの贈与税について、暦年課税の特例贈与税率と比較してみましょう。
税額は10倍以上の差になるため、高額な贈与になるほど節税効果も高くなります。
なお、贈与税の課税方式は選択制になっており、相続時精算課税制度を選択すると、暦年課税には戻せないので注意してください。
2023年税制改正大綱では、生前贈与加算と相続時精算課税制度に大きな変更がありました。
相続時精算課税制度は利用しやすくなりますが、生前贈与加算の変更を増税とみている専門家はかなり多いようです。
どちらも今後の相続税対策に影響する可能性が高いので、以下のチェックポイントを参考にしてください。
生前贈与加算とは、相続開始前3年以内に贈与があった場合、贈与額を相続財産に加算し、相続税の課税対象とするルールです。
相続税逃れだけを目的とした贈与を防止するためですが、税制改正により、生前贈与加算の適用期間が3年から7年に拡大されます。
たとえば、年間100万円の贈与を繰り返していた贈与者が亡くなると、現行ルールでは過去3年間の300万円のみ相続財産に加算しますが、変更後の加算額は700万円になります。
贈与者が高齢だったときは、暦年課税の基礎控除以下で贈与しても、全額が相続税の課税対象になる可能性があるでしょう。
2023年の税制改正では、相続時精算課税制度に110万円の基礎控除を新設しています。
現行制度には2,500万円の特別控除しかなく、たとえ1円の贈与であっても申告が必要でしたが、基礎控除の新設により、110万円以下の贈与は申告不要になりました。
ただし、あくまでも相続時精算課税制度に新設された基礎控除なので、暦年課税と併用できるわけではありません。
生前贈与加算と相続時精算課税制度の基礎控除については、どちらも2024年1月1日から適用されます。
ただし、生前贈与加算はいきなり7年ルールが適用されるわけではなく、2027年1月2日以降の相続から適用期間拡大の影響が出ます。
また、期間拡大された4年間分の贈与については、総額100万円までは相続財産に加算しない経過措置が設けられています。
2031年1月1日以降の相続は7年ルールに完全移行しますが、移行期間中の考え方がわかりにくいので、贈与の予定がある方は、弁護士や税理士への相談をおすすめします。
生前贈与加算の期間拡大は相続税対策に大きく影響しますが、もともと生前贈与加算の対象にならない人もいます。
今後の贈与については、生前贈与加算される人・されない人を考慮しておく必要があるので、以下を参考にしてください。
生前贈与加算の対象になる人は、「相続または遺贈により財産を取得した人」です。
つまり、遺産分割協議で財産を取得した法定相続人、または遺言書で財産を取得した受遺者であれば、現行制度で3年、改正後は7年間の生前贈与加算が適用されます。
ただし、法定相続人であっても財産を取得しなかった人や、相続放棄した人は生前贈与加算の対象外です。
法定相続人以外の人であれば、生前贈与加算の対象になりません。
たとえば、被相続人の孫や子どもの配偶者、第三者への贈与であれば、死亡日の前日に贈与していた場合でも、相続財産への加算は不要です。
ただし、贈与を受けた孫が代襲相続人になるときや、孫を受遺者に指定していたときは、生前贈与加算の対象者になるので注意してください。
子どもや孫、配偶者へ贈与する場合、一定額まで非課税になる特例贈与を利用できます。
以下の特例贈与は生前贈与加算が免除されるので、まとまった財産を贈与したい方はぜひ参考にしてください。
直系の子どもや孫へ贈与する場合、一定基準を満たした居住用不動産の取得資金であれば、最大1,000万円まで非課税になります。
ただし、適用要件が複雑になっており、2023年12月31日の終了が決定しています。
利用したい方は早めに弁護士や税理士に相談しておきましょう。
子どもや孫の結婚費用や、子育て資金の一括贈与であれば、最大1,000万円を非課税贈与できます。
18歳以上50歳未満の子どもや孫が対象となり、専用口座を使って贈与財産を管理しますが、贈与者が亡くなったときの残金は相続財産になるので注意してください。
また、結婚・子育て資金の一括贈与の特例についても、2023年12月31日の終了が決定しています。
30歳未満の子どもや孫へ教育資金を贈与する場合、最大1,500万円まで非課税になります。
贈与財産は専用口座で管理しますが、贈与者が亡くなったときに残金があると、相続で取得したものとみなされるため、相続税の課税対象になります。
基本的には生前贈与加算の対象外なので、使い切れる金額を贈与しておきましょう。
なお、制度の利用期間は2026年3月31日までとなっています。
婚姻期間が20年以上の配偶者に居住用不動産、または居住用不動産の購入資金を贈与するときは、最大2,000万円まで非課税になります。
生前贈与加算は不要ですが、配偶者には相続税の軽減措置もあり、1億6,000万円まで、または法定相続分の範囲内で相続すると、相続税がかかりません。
あえて生前に自宅などを贈与するとしたら、「自分が亡くなったあとも配偶者の住居を確保したい」といったケースに限られてくるでしょう。
また、自宅を贈与するときは不動産取得税が発生し、登録免許税の税率も相続時より高くなるので注意が必要です。
贈与税と相続税は密接な関係にあるので、2023年の税制改正は相続税対策にも影響します。
従来どおりの考え方では税負担が重くなってしまうため、今後は以下のように贈与税や相続税対策をおこなってください。
よく利用される贈与は暦年課税方式ですが、基礎控除の新設により、今後は相続時精算課税制度が主流になる可能性があります。
110万円の基礎控除は特別控除と別枠になっており、110万円以下の贈与は申告不要になるため、使い勝手は大幅に向上したといえるでしょう。
また、もともと相続税が発生しない場合も、相続時精算課税制度による贈与は効果的です。
たとえば、父親の財産が3,000万円あり、そのうち2,000万円を18歳以上の子どもに贈与した場合、暦年課税であれば特例税率45%が適用され、580万円程度の贈与税がかかります。
しかし、相続時精算課税制度の場合は贈与税がかからず、父親の財産も1,000万円に減っているため、相続税の基礎控除以内となり、相続税もかかりません。
現在の相続時精算課税制度は利用者が少ないので、より詳しく知りたい方は、弁護士や税理士に相談してみましょう。
暦年課税の贈与は生前贈与加算の期間が拡大されるので、今後は贈与をおこなってから7年経過しないと相続税対策の効果を得られません。
贈与者の年齢も考慮する必要があるので、暦年課税の贈与は早めにスタートしたほうがよいでしょう。
法定相続人以外の人は生前贈与加算の対象にならないため、孫や子どもの配偶者に贈与すると節税効果が高くなります。
孫や子どもの配偶者には暦年課税で贈与、子どもには相続時精算課税制度で贈与することも検討してください。
過去に贈与した財産を相続財産に加算する場合、相続税評価額は贈与したときの時価になるため、評価額が下がっている財産を贈与すると、節税効果が高くなります。
たとえば、経営者交代で一時的に評価が下がった株式など、今後の株価回復が見込めるようであれば、早めのタイミングで贈与することも検討してください。
土地の場合も、近隣に大型商業施設が進出するケースや、道路の延伸・拡張など、将来的な地価上昇が見込める場合もあります。
確実な将来予測は困難ですが、アンテナは高く張っておくとよいでしょう。
ほとんどの特例贈与には適用期限があるので、利用する際には終了日に注意してください。
利用数の多い特例贈与の場合、過去に何度も適用期限が延長されているので、毎年の税制改正もチェックしておくとよいでしょう。
ただし、期限延長の度に適用要件が厳しくなり、非課税枠も縮小されるケースが多くなっています。
効果的な贈与税や相続税対策を検討したいときは、相続に詳しい弁護士や税理士に相談してください。
今回は贈与税の変更について解説していますが、相続税も2015年に大きな改正があり、基礎控除が大幅に引き下げられました。
改正前の基礎控除は最低6,000万円でしたが、現在は3,600万円が最低額になっているため、相続税の課税対象者も2倍近くに増加した経緯があります。
大きな税制改正があると従来の節税対策が通用しなくなり、結果的に親族間のトラブルが起きたり、納税資金を準備できずに相続放棄を選択したりするケースも発生します。
相続トラブルや税金問題に困ったときは、早めに弁護士や税理士のアドバイスを受けておきましょう。
税制改正大綱は海外の税制を参考にする傾向が強いので、今後は生前贈与加算の期間が10年や20年に延長されるなど、さらに大きな変更があるかもしれません。
また、相続時精算課税制度は使い勝手が悪く、人気のある制度とはいえませんでしたが、今後の贈与では主流になる可能性が高いでしょう。
ただし、税制改正大綱の影響は未知数な部分が多いので、今後の生前贈与は弁護士にアドバイスしてもらうことをおすすめします。
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