夫婦間での相続や贈与について考えているなら、「おしどり贈与」について聞いたことがある方もいるのではないでしょうか。
仲のいい夫婦を象徴する名称として用いられているおしどり贈与ですが、必ずしも全ての夫婦に適しているわけではありません。
婚姻期間が20年以上の夫婦が利用できるおしどり贈与には、メリットもあればデメリットもあります。
そこで本記事では、おしどり贈与を利用するための3つの要件や、利用すると得になるのかどうかを判断するポイントなどを紹介します。
自分が亡くなってしまったあとに妻が困らないよう自宅の名義に変えておこうと考えている夫をはじめ、おしどり贈与について知りたい方はぜひ本記事を参考にしてください。
おしどり贈与は、結婚をして婚姻期間が20年以上の夫婦が利用できる贈与税に関する配偶者控除です。
正式な制度の名称は「贈与税の配偶者控除の特例」といいます。
まずは、おしどり贈与の特徴について解説します。
おしどり贈与を活用すると、一定の要件を満たす場合に、居住用不動産そのものか居住用不動産を購入するための代金の贈与税をゼロにできる可能性があります。
通常、暦年課税制度を利用して贈与税の申告をおこなえば、年間110万円の基礎控除を受けることができます。
それに加えて、配偶者控除として最高2,000万円までを控除することができるのがおしどり贈与です。
したがって、最大2,110万円までの居住用不動産やその取得資金を非課税で贈与できます。
おしどり贈与を利用するには、条件が3つあります。
おしどり贈与は、結婚してから夫婦としての婚姻期間が20年を過ぎたあとにおこなわれた贈与についてのみ適用されます。
そのため、婚姻期間が19年11ヵ月であれば、おしどり贈与は適用できません。
婚姻期間の計算は、婚姻の届出をした日から贈与を受けた日までの期間でおこないます。
つまり、戸籍上の婚姻期間のみを指し、いわゆる内縁関係や事実婚の期間は含まれません。
1年未満の端数は含まずに月で換算します。
また、おしどり贈与が適用されるには、贈与されたものが、配偶者が居住するための家屋またはその家屋の敷地であるか、それらの居住用不動産を購入するための金銭であることが条件です。
なお、贈与された不動産は日本国内にあるものに限られます。
さらに、取得した居住用の不動産に贈与を受けた配偶者が、贈与を受けた年の翌年3月15日までに現実に住んでいることと、そのあとも引き続き住む見込みであることが必要です。
おしどり贈与をおこなった場合、最大2,110万円までは贈与税がかかりません。
しかし、それを超えた場合は、金額に応じて10%〜55%の贈与税がかかります。
また、控除内で贈与税がかからなかった場合でも贈与税の申告をしなければなりません。
贈与税の申告期限は、贈与を受けた年の翌年の2月1日から3月15日までとなっています。
申告の際には、次の書類が必要です。
なお、贈与税の申告書を提出する場所は、原則として贈与を受けた方の住所を所轄する税務署です。
実は、おしどり贈与を利用は、誰にでもおすすめできるものではありません。
おしどり贈与の利用を検討するなら、知っておくべきポイントがいくつかあります。
ここからは、おしどり贈与の利用にあたって留意したい6つのことを紹介します。
おしどり贈与として生前に贈与をおこなえば、最大2,110万円までの居住用不動産やその取得資金を非課税で贈与できます。
しかし、おしどり贈与をおこなうよりも、配偶者が亡くなったときに相続人にとして配偶者控除を受けるほうが、節税効果は高くなります。
なぜなら、夫婦間の相続では、配偶者の税額軽減という特例を利用することで最低でも1億6,000万円までを無税で相続できるからです。
1億6,000万を超える分についても無税で受け取りたいという場合は、おしどり贈与を利用する意味がありますが、そこまで大きな財産が残るケースでない限りは、おしどり贈与を利用して配偶者に贈与をしても節税効果は大きいとはいえません。
ほかのメリットやデメリットを踏まえても、節税のためにおしどり贈与をおこなおうと検討しているのであれば、あまり意味がない可能性が高いでしょう。
相続との兼ね合いで考えれば、小規模宅地等の特例が使えなくなるのもおしどり贈与を利用するデメリットといえます。
小規模宅地等の特例とは、亡くなった方が自宅として使っていたなど一定要件を満たす土地を配偶者や同居している親族が相続するときに、相続税評価額を最大80%減額できる制度です。
相続税評価額とは、相続税を計算する際に遺産を金銭的価値として換算するための価格です。
とくに不動産は、相続をするときにすぐに現金化しないことが多いでしょう。
そのため、遺産分割や相続税の申告において、売却するとすればいくらになるか評価しなければなりません。
財産評価額の算出方法は国税庁がまとめていますが、不動産の評価額は基本的に時価です。
そのため、国の経済状況などによっても異なり、不動産の時価が高ければ高いほど支払わなければならない相続税の額も高くなります。
そうなると相続人の負担が増えることになり、高額な相続税を支払うために遺された家族が自宅に住み続けられなくなるおそれがあります。
それを回避するために設けられているのが小規模宅地等の特例です。
小規模宅地等の特例を活用すれば、最大80%の評価額が減額できるため、たとえば自宅の評価額が4,000万円だった場合、配偶者や同居している親族が相続すれば評価額を800万として相続することできます。
このケースでいえば、実質3,200万円分が非課税となるのです。
相続ではなくおしどり贈与する場合は、この小規模宅地等の特例は活用することができません。
自宅や土地などの不動産は、取得すると基本的に登録免許税と不動産取得税という税金がかかります。
登録免許税とは、不動産登記の際にかかる税金です。
不動産は購入や相続などで取得すると、不動産登記をしなければならないので、必然的に登録免許税がかかるのです。
登録免許税の税率は2%です。
もしも4,000万円の自宅を贈与されたとすると、4,000万円×2%=80万円の税金がかかります。
一方、不動産取得税は、不動産を取得したときにかかる税金です。
土地であれば1.5%、家屋であれば3%を評価額にかけます。
4,000万円の自宅を贈与されたときの税金は4,000万円×3%=120万円です。
登録免許税と不動産取得税を合わせると80万円+120万円=200万円の税金がかかることになります。
しかし、不動産を贈与ではなく相続すれば、登録免許税は0.4%で済みます。
また、不動産取得税は非課税です。
ここからも、贈与よりも相続のほうが大幅に税金が優遇されているのがわかります。
不動産を贈与するときは名義変更をしなければなりません。
自分でおこなうこともできますが、必要書類の作成や税金の計算など、素人にはむずかしいことが多いため、現実的には司法書士や税理士に書類作成や申告依頼をするのが一般的です。
司法書士への依頼料は5万円~10万円程度、税理士への税金の計算や申告依頼は10万円~15万円程度になります。
さらに、登記簿謄本を法務局で取得する料金や契約書に貼る印紙代など、細かな実費も合わせれば名義変更にも数十万円が必要です。
不動産取得税や登録免許税に加えてこれらの料金がかかるため、やはりおしどり贈与が相続よりも得といえるケースは限られるでしょう。
夫婦のどちらかが死亡すると、残された配偶者は亡くなった方が所有していた建物に無償で住み続けられます。
これを、配偶者居住権といいます。
配偶者居住権は、2018年の民法改正で創設された権利です。
遺言や遺産分割協議において設定することができます。
たとえ家の名義が子どもになったとしても、配偶者居住権が設定されていれば配偶者である夫や妻が、住み続けることができるのです。
配偶者居住権によって住む家には、基本的に自分が亡くなるまで住むことができます。
ただし、遺言・遺産分割協議・遺産分割の審判などにおいて別段の定めがあるときは、その定める期間までとなるので注意しましょう。
なお、配偶者居住権が設定されているという理由で住み続けられることを第三者にも主張するには、登記をしておくのがよいでしょう。
もしも遺言がない場合でも、配偶者が相続開始のときに無償で居住していたときは最低6ヵ月間、住み続けることができます。
これを短期配偶者居住権といいます。
配偶者を保護する配偶者居住権ですが、第三者に譲渡することはできないため注意が必要です。
これらを踏まえると、配偶者が自宅に住み続けられるようにという目的でおしどり贈与をおこなおうと検討している場合は、あまり意味がないかもしれません。
ただし、遺産分割協議で揉めそうな場合や、相続で所有者となる方との関係性によっては配偶者居住権よりもおしどり贈与をおこなっておいたほうが安心なケースもあります。
迷ったときは弁護士などの専門家に相談しましょう。
おしどり贈与をしたとしても、贈与された配偶者が先に亡くなってしまえば相続が発生します。
そのときの不動産の金額によっては、相続税がかかってしまう可能性もあります。
贈与される配偶者固有の財産を踏まえてよく検討しましょう。
おしどり贈与は、税金面などで相続におよばないというのはここまで記載してきたとおりです。
しかし、おしどり贈与を使うとよいケースもあります。
たとえば、以下のようなケースです。
それぞれについて、以下で詳しくみていきましょう。
配偶者の財産が少ないために、まとまった財産をすぐに渡したい場合は、おしどり贈与を利用するとよいでしょう。
たとえば、収入も財産もないと配偶者がローンを組んだりクレジットカードを作ったりできないような場合が考えられます。
相続においては、配偶者控除で1億6,000万円という大きな非課税枠が設けられています。
しかし、それを超える遺産があればおしどり贈与をするほうが得であるケースもあるでしょう。
ほかの遺産や特例などを踏まえて包括的に考えるべきですので、相続財産が多岐に渡る場合は、弁護士などの専門家に相談するのがよいでしょう。
相続税は、財産額が偏っている夫婦よりも平準化されている夫婦のほうがより税額が低くなるという性質があります。
つまり、夫が3億円で妻が1億円の財産を有する夫婦より、夫と妻がそれぞれ2億円ずつの財産を有する夫婦のほうが相続税は安くなるのです。
したがって、財産を多くもつ夫から、財産が少ない妻に対しておしどり贈与をすることで、節税に有効となるケースがあります。
ただし、登録免許税や不動産取得税を考慮すると、必ずしも相続税対策になるとは限りません。
財産の総額や不動産の金額によって検討する必要があります。
配偶者には配偶者居住権があり、原則としては自宅に住み続けることができます。
しかし、ほかの相続人との兼ね合いによっては配偶者が自宅に住み続けられないケースもあるでしょう。
たとえば、相続で所有者が別の方になってしまい、所有者となった方が配偶者の居住を認めない場合などがあります。
そのような心配をなくすためには、おしどり贈与を利用して、所有者を配偶者にしておくのがよいでしょう。
おしどり贈与をおこなった際に、贈与で所有者が変わった不動産の名義変更をするにはどうすればよいのでしょうか。
夫から妻へ、家の名義変更をする場合の流れを紹介します。
名義変更は贈与登記によっておこないます。
そのためには、まず贈与契約書を作成しなければなりません。
贈与自体は口頭でも成立しますが、名義変更は贈与契約書がなければできないので注意しましょう。
贈与が確実におこなわれたことを証明するためには、夫婦それぞれが贈与契約書を保管しておくのが安心です。
さらに確実に贈与の記録を残したい場合は、法務局や公証役場で確定日付を取得しましょう。
確定日付とは、その日にその文書が存在していたことを証明するもので、公証人が日付のある印章を押捺することによって証明されます。
確定日付の取得は1通につき700円の手数料でおこなえます。
不動産贈与契約書には、収入印紙を貼り付けなければいけません。
収入印紙代は一律200円です。
贈与契約書としては、次のような内容のものを作成しましょう。
<贈与契約書 文章例>
贈与者○○ △△は、その所有である別紙目録に記載した不動産を、受贈者○○ □□に贈与することを約し、受贈者はこれを受諾した。
よって、○○ △△は不動産の所有権を○○ □□に移転する。令和○年○月○日までに引渡しと所有権の移転登記をおこなうと確約する。
上記契約を証するため、本契約書2通を作成し、贈与者・受贈者は各自その1通を保存する。
令和○年○月○日 住所 ○○県○○市○○町○丁目○番○号 贈与者 ○○ △△ 受贈者 ○○ □□ |
名義変更は、法務局で贈与登記をおこなうことで完了します。
不動産の贈与による所有権移転登記は、贈与者と受贈者が共同しておこなわなければなりません。
そのため、両者の書類が必要です。
具体的に必要な書類は次のとおりです。
登記申請書は、登記事項証明書の申請書ともいいます。
法務局の窓口でもらうか、法務省のWebサイトから「各種証明書請求手続」のページにアクセスし「記事項証明書 登記簿謄本・抄本 交付申請書」をダウンロードしましょう。
作成した登記申請書と書類一式は、不動産の所在地を管轄する法務局の登記所に提出します。
直接窓口に持参してもよいですし、郵送することも可能です。
申請が受理されると、登記官による審査がおこなわれ、問題がなければ登記は完了します。
登記が完了すると、法務局から登記完了証と新しい登記識別情報が郵送されます。
登記完了証は売却や相続の際の重要書類になるため、きちんと保管しておきましょう。
贈与登記が完了したら、贈与税の申告をします。
おしどり贈与の場合は贈与を受けた配偶者が、その住所を管轄する税務署に申告することになります。
なお、おしどり贈与の場合は、贈与税が0円であったときも申告しなければなりません。
申告期限は、贈与を受けた年の翌年3月15日までです。
また、贈与税を納めなければならないケースでは申告期限までに納税もしなければなりません。
おしどり贈与の贈与税の計算式は次のとおりです。
おしどり贈与の贈与税=(贈与財産の金額−配偶者控除額2,000万円+基礎控除110万円)×課税価格に応じた税率−課税価格に応じた控除額 |
おしどり贈与の贈与税の税率は、国税庁の速算表のうち、一般贈与として一般税率を用います。
一般税率は以下のとおりです。
控除後の課税価格 |
税率 |
控除額 |
---|---|---|
200万円以下 |
10% |
なし |
300万円以下 |
15% |
10万円 |
400万円以下 |
20% |
25万円 |
600万円以下 |
30% |
65万円 |
1,000万円以下 |
40% |
125万円 |
1,500万円以下 |
450% |
175万円 |
3,000万円以下 |
50% |
250万円 |
3,000万円超 |
55% |
400万円 |
おしどり贈与は、結婚20年以上の夫婦に特化した素晴らしい制度ですが、相続税対策や手続きの負担を考えると、必ずしも最適ではないケースもあります。
なかでも、配偶者控除・小規模宅地の特例・配偶者居住権などとの比較検討が大切です。
きちんと比較するには、法的な知識や税務の知識が欠かせません。
おしどり贈与の活用を考えているなら、税理士などの専門家のサポートを受けることをおすすめします。
先々の損やトラブルを避け、最善の選択をするために専門家を頼りましょう。
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