「遺産分割手続きでほかの相続人と顔を合わせるのが面倒だ」「自分の相続分を譲りたい相手がいる」などの状況なら、遺産分割の方法がまとまる前に、ご自身の相続分を譲渡することを検討するという手があります。
相続分の譲渡をすれば、遺産分割協議などに参加する必要はなくなるほか、自分が希望する人物に相続分を譲渡できます。
ただし、相続分の譲渡をしたところで相続人の地位は残ったままなので、被相続人の債権者からの支払い請求を拒絶することはできません。
また、独断で相続分を第三者に譲渡すると、ほかの共同相続人が躊躇したり、遺産分割協議が難航したりするリスクもあります。
そこで今回は、相続分の譲渡のメリットや、相続分の譲渡の諸手続き、手続きを進めるにあたっての注意事項をわかりやすく解説します。
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「相続分の譲渡」とは、自分の法定相続分をほかの相続人や第三者に譲ることです。
たとえば、配偶者と長男・次男の合計3人が法定相続人になるケースについて考えてみましょう。
被相続人の遺言書が作成されておらず、民法の相続ルールに則った場合、配偶者の法定相続分は1/2、長男・次男の法定相続分は1/4ずつ(1/2を2人で按分)となります。
このとき、次男が自身の全ての相続分を長男に譲渡すると、「配偶者の法定相続分は1/2、長男の法定相続分は1/2(1/4 + 1/4)」に変化します。
次男は自分の法定相続分を譲渡することによって相続権を失うため、遺産分割協議に参加する必要はありません。
この結果、遺産分割協議に参加するメンバーは配偶者と長男の2人だけになるので、遺産分割協議を円滑に進めることができます。
また、次男には「面倒な遺産相続トラブルから早期に離脱できる」というメリットがあります。
ただし、次項でも説明しますが、相続分の譲渡を検討しているのであれば、遺産分割前におこなう必要があります。
ここでは、相続分の譲渡をするときに理解しておくべき5つのルールについて解説します。
相続分の譲渡は、譲渡人と譲受人との間の合意によって成立します。
法律上、相続分の譲渡の要件・方法は指定されていません。
そのため、相続分を譲渡する相手方は、譲渡人が自由に決めることができます。
たとえば、ほかの法定相続人だけではなく、法定相続人以外の第三者に譲渡することも可能です。
法定相続権を取得できなかった後順位法定相続人、譲渡人の配偶者、内縁関係・事実婚状態のパートナー、友人など、誰に譲渡しても差し支えありません。
相続分の譲渡をするときには、譲渡人と譲受人との間で、譲渡する相続分の割合を決定できます。
つまり、譲渡人が有する相続分の全部を譲渡することも可能ですし、相続分の一定割合だけを譲り渡すこともできるということです。
たとえば、先ほどの具体例で、「次男が有する1/4の法定相続分のうち、その半分(1/8)だけを長男に譲渡する」という相続分の譲渡も認められます。
なお、譲渡の対象となるのは、相続人が有する「相続分の持ち分割合」です。
特定の財産を指定して譲渡することはできないので注意しましょう。
相続分の譲渡相手として複数人を選択することも可能です。
たとえば、被相続人の配偶者が有する1/2の法定相続分について、長男・次男の子ども2人に均等に譲渡することができます。
また、相続分を譲渡する相手は、法定相続人と相続人以外の第三者が混在しても問題ありません。
譲渡人・譲受人間での合意形成に至れば、どのような条件で相続分の譲渡をおこなうかは自由です。
無償で自己の相続分を譲渡してもよいですし、譲渡の対価として金銭などを受け取ることも認められます。
また、譲受人が複数存在するケースでは、ある譲渡人に対して無償で相続分を譲渡しつつ、ほかの譲渡人には有償の条件を設定することも可能です。
相続分の譲渡については、期限が設けられている点に注意をしなければいけません。
具体的には、相続分の譲渡ができるのは、「遺産分割方法が確定するまで」です。
遺産分割協議がまとまるまで、遺産分割調停や遺産分割審判で決着がつくまでなら、相続分の譲渡をすることは可能です。
これに対して、遺産分割協議が成立するなどして、具体的な相続方法が確定したあとは、相続分の譲渡をすることはできません。
遺産分割成立後に相続分の譲渡などを希望する場合には、もう一度遺産分割協議などをやり直す必要があります。
相続分の譲渡と似た制度に、相続放棄があります。
相続放棄とは、被相続人の権利・義務の承継を拒否する旨の意思表示のことです。
まずは、「相続分の譲渡」と「相続放棄」の違いを確認してみましょう。
相続分の譲渡 | 相続放棄 | |
---|---|---|
相続人としての地位 | 喪失しない | 喪失する |
財産の移行先 | 譲渡人が自由に指定できる | 移行先を指定できない |
対象となる財産 | 相続分の持ち分割合の全部または一部 | 相続分全て |
相続分の譲渡がおこなえる期限 | 遺産分割協議の成立前 | 自己のために相続の開始があったことを知った日から3ヵ月以内(熟慮期間) |
裁判所での手続き | 原則不要 | 必要 |
債務の負担 | 避けられない | 避けることができる |
相続分の譲渡と相続放棄の大きな違いは、相続人の地位を喪失するか否かという点です。
相続分を譲渡しただけでは相続人の地位は失われませんが、相続放棄をすると相続人ではなかったと扱われます。
そのため、相続放棄をすると、プラスの財産・マイナス財産の両方を承継せずに済むので、被相続人が抱えていた借金や各種ローンを返済する必要はありません。
一方、仮に相続分を全て譲渡しても相続人としての地位は残り続けるので、相続放棄や限定承認をしない限り、被相続人が負担していた返済義務を引き継ぎます。
そのため、相続の対象となる遺産に債務が含まれ、プラスの遺産よりも大きな負担となるようなケースであれば、相続分の譲渡よりも相続放棄を選ぶほうがよいでしょう。
そのほか、対価を希望しない場合や、自身の相続分を譲渡したい相手がいない場合には、相続放棄を選ぶことでほかの相続人との対立を避けることができるでしょう。
ここでは、相続分の譲渡をおこなうメリット・デメリットについて解説します。
相続分の譲渡をおこなうメリットは、次の4つです。
相続分の譲渡は、譲渡人自身が自分の相続分を誰に引き渡すかを決めることができます。
たとえば、子どもたちが被相続人(夫)の配偶者(妻)の老後の生活を心配に感じたときには、子どもが妻を譲受人に指定して相続権を譲渡すれば、子どもたちの希望が実現するでしょう。
相続分の譲渡は、遺産分割の方法が確定するまでにおこなわなければいけません。
裏を返せば、相続分を有償で譲渡すれば、遺産分割協議などによって相続手続きが終了する前に、まとまった現金を手にすることができるということです。
相続人の関係性や遺産の内容など次第ですが、遺産相続トラブルが深刻化すると、遺産分割手続きが終了するまでに年単位の期間を要しかねません。
遺産分割協議が長引くことが想定される場合や、まとまった資金が必要になった場合には、有償で相続分を譲渡することを検討してもよいでしょう。
相続分を全て譲渡すれば、自己の相続分がゼロになるので、遺産分割手続きに関与する必要がなくなります。
遺産分割協議は、相続人全員が参加して誰が何をどれだけ承継するのか話し合わなければいけません。
相続人の関係性が良好なら円滑な話し合いを期待できますが、被相続人が離婚・再婚を経験しているなど、相続人間の関係性が良好ではない事案では、冷静に交渉を進めることができない可能性も想定されます。
特に、遺産分割調停や遺産分割審判では、証拠書類や調停委員への質疑応答の準備に相当な時間・労力を割く必要に迫られるでしょう。
相続分を譲渡することで、遺産分割時のさまざまなトラブルや手続きや、それらにともなう負担を軽減できる可能性があります。
相続分の譲渡をした人物は、遺産分割協議に参加する必要がなくなります。
これにより、遺産分割協議に関与するべき相続人の数が減って、遺産分割協議が円滑に進めやすくなるというメリットもあります。
そのほか、相続人が遠隔地にいるようなケースにおいても、相続する意思がないのであれば、相続分の譲渡をすることで遺産分割協議がおこないやすくなるでしょう。
ここでは、相続分の譲渡をおこなうデメリットを2点紹介します。
相続分の譲渡は、ある法定相続人が自己の有する相続分を他人に譲ることでしかなく、相続放棄のように法定相続人としての地位がなくなることはありません。
そのため、相続財産に借金などの債務が含まれている場合、相続分の譲渡によって相続手続きから離脱することができたとしても、これを理由に債務の支払いを免れることはできません。
被相続人に負債があり、かつ譲受人にした相続人が返済を滞る可能性が想定されるような場合には、慎重な判断が求められるでしょう。
相続分の譲渡人として、法定相続人などの近親者以外の第三者が選択されると、法定相続人同士でさえ話がまとまりづらい遺産分割協議がさらに難航するおそれがあります。
たとえば、ほかの相続人が第三者への相続分の譲渡に納得しないときには、譲受人に対して相続分の取戻権を行使することも考えられます(民法第905条)。
取戻権を行使する際には譲渡された財産相当額の金銭が支払われるとはいえ、第三者との話し合いが必要になるほか、複利関係が複雑になることも想定されます。
第三者に相続分の譲渡をすることは稀かと思われますが、このような点からも第三者への譲渡は避けたほうが無難といえます。
ここでは、相続分の譲渡をおこなう際の大まかな手順について解説します。
相続分の譲渡をする際にはまず、譲渡の条件について譲渡人・譲受人との間で話し合います。
話し合いの場で決めるべきポイントは、以下のとおりです。
相続放棄後の遺産分割手続きで生じるトラブルの回避を目指すなら、ほかの共同相続人の意見も聞きながら譲渡相手や譲渡割合を決定するのがおすすめです。
特に、相続人ではない第三者への相続分の譲渡を検討しているなら、事前にほかの相続人にその旨や第三者の連絡先などを共有しておいたほうが、今後のやり取りもスムーズでしょう。
相続譲渡は、遺産分割協議の前であれば譲渡人の申込みと譲渡人の承諾があれば成立するため、口頭で成立させることも可能です。
ただ、書面で残しておけばトラブルが生じた際の証拠としても役立つため、相続分譲渡証明書の作成をおすすめします。
相続分譲渡証明書に決まった書式は特にありませんが、譲渡人と譲受人の氏名および住所、具体的な譲渡内容だけではなく、債務の取り扱いも必ず記載しましょう。
相続分譲渡証明書
最後の本籍:
被相続人〇〇の相続に関し、相続人〇〇は相続分の全てを譲受人である〇〇に無償で譲渡した。
〇〇年〇〇月〇〇日
本籍:
本籍:
|
そのほか、有償で譲渡するときには、金額や支払い方法、支払い期日などの諸条件を書面に記載する必要があります。
また、相続分の一部を譲渡するようなケースでは、贈与割合を必ず明記しましょう。
なお、以下のようなケースでは相続分譲渡証明書が必要となります。
相続分の譲渡について譲渡人・譲受人との間での合意が成立したら、相続分譲渡通知書を作成しましょう。
相続分譲渡通知書とは、相続分の譲渡がおこなわれたことをほかの相続人へ伝えるための文書です。
相続分譲渡証明書と同様、必ず作成しなければならないわけではありませんが、譲渡があったことをほかの相続人へ知らせないと混乱を招く可能性があるため、セットで作成するようにしましょう。
たとえば、第三者に相続分を譲渡した場合、相続分譲渡通知書を送付することで、ほかの相続人は「相続分の取り戻し権」の行使を検討することが可能です。
相続分譲渡通知書
相続人の皆さま
前略 私は、下記の方に対し、〇〇年〇〇月〇〇日、被相続人亡●●●●(〇〇年〇〇月〇〇日 死亡)の相続について、私の相続分全部を譲渡いたしましたので、この旨通知いたします。
ご不明な点などございましたら、私宛てにご連絡いただければ幸いです。 よろしくお願い申し上げます。
令和〇〇年〇〇月〇〇日
譲渡人
|
相続分譲渡通知書を送付する際は、「内容証明郵便」の利用がおすすめです。
そうすることで、相手が書面を受け取った日付を証拠で残すことができ、郵便物の不着などのトラブルを防ぐことができます。
被相続人が死亡すると相続が発生しますが、相続発生時に相続人がどのような選択肢を採用するかは状況によって異なります。
そして、以下のような状況にあるなら、相続分の譲渡を具体的に検討するべきです。
ただし、相続放棄とは異なり、相続分の譲渡をしたところで、相続人の地位は残ったままです。
たとえば、相続財産に多額の借金が含まれている場合、相続分の譲渡をしただけでは、借金返済義務から免れることができません。
そのため、相続分の譲渡をするか否かは慎重に判断する必要があります。
最後に、相続分の譲渡をおこなう時の注意事項を紹介します。
遺言書に「どの相続人にどの財産を承継させるか」について具体的に指定されている場合には、相続分の譲渡はできません。
たとえば、「妻に自宅不動産を譲渡する」という遺言書が作成されていたようなケースでは、妻が土地・建物の相続権をほかの相続人や第三者に譲渡することができず、相続放棄などをするか、相続をしたうえで売却などの選択肢を検討することになります。
ただし、「妻の相続分を70%にする」というように、相続分の割合だけが遺言書で指定されている状況なら、妻は相続分の譲渡をすることができます。
相続分の譲渡は財産の移転を伴うので、取引の状況に応じて税金が課されます。
相続分譲渡の譲受人に法定相続人が指定されたときに課税される税金の種類は、以下のとおりです。
相続分の譲渡の対価 | 譲渡人に課税される税金 | 譲受人に課税される税金 |
---|---|---|
無償 | なし (相続税が課税される場合あり) |
相続税 |
有償 | 相続税 | 相続税 |
まず、相続分の譲渡が無償でおこなわれた際、譲渡人に課される税金はありません。
ただし、自分の相続分全てを譲渡するのではなく、相続分の一部を譲渡したケースでは、相続分の譲渡の対象から外れた財産に対して相続税が課税されます。
そして、相続分の無償譲渡がおこなわれた場面では、譲受人に課される税金は相続税です。
「相続分の譲渡」というフレーズから贈与税をイメージする方もいるかもしれませんが、相続分の無償譲渡はあくまでも遺産分割手続きの一環であると理解されるので、相続税が課税されます。
次に、相続分の譲渡が有償でおこなわれた事案では、譲渡人・譲受人それぞれに相続税が課されます。
譲渡人に課される相続税の課税対象となるのは、譲受人から対価として受け取った金銭など、譲受人に課される相続税の課税対象となるのは、相続する財産価額から対価として支払った金額を差し引いた価額です。
相続分の譲渡が法定相続人以外の第三者に対しておこなわれたケースで発生する税金は、以下のとおりです。
相続分の譲渡の対価 | 譲渡人に課税される税金 | 譲受人に課税される税金 |
---|---|---|
無償 | 相続税 | 贈与税 |
有償 | 相続税 (譲渡益があれば譲渡所得税も課税) |
なし (贈与税が課税される場合あり) |
第三者に対する相続分の譲渡が無償でおこなわれた場合、譲受人に贈与税が課税されます。
贈与税の課税対象になるのは譲渡された相続分です。
次に、第三者への相続分の譲渡が有償でおこなわれたケースでは、譲渡人には対価として受け取った金額などに対して譲渡所得税が課されます。
そのほか、相続人としての地位が残る以上、何かしらの財産を取得した場合には当該財産が相続税の課税対象になります。
また、相続分の有償譲渡の場面で譲受人は何も課税されないのが原則ですが、著しく低い価額で譲渡を受けたには、贈与税が課される可能性があるので注意しましょう。
共同相続人のひとりが遺産分割前に自らの相続分を第三者に譲渡したケースでは、ほかの共同相続人には「相続分の取戻権」が認められます(民法第905条)。
ほかの共同相続人が取戻権を行使すると、相続分の譲受人となった第三者はこの請求を拒否できません。
どれだけ相続分の譲渡をする段階で譲渡人・譲受人間で丁寧な話し合いがおこなわれたとしても、実際に遺産分割手続きへ関与する共同相続人の意向が優先されるからです。
ただし、相続分の取戻権を行使できるのは「相続分が譲渡された時から1ヵ月以内」です。
この期間を経過すれば相続分の譲渡が覆されることはありません。
相続分の譲渡は、「遺産相続手続きから早期に離脱したい」「優先的にほかの相続人へ財産を譲りたい」などと希望しているなら有効な選択肢になり得ます。
相続財産の構成内容やほかの相続人との関係性、遺言書の内容などを総合的に考慮したうえで、相続分の譲渡をするべきか否か、相続放棄・限定承認を選択するべきかを判断しましょう。
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