遺言書の内容で遺産相続をすすめたい場合、遺産を渡したくない相続人に遺留分放棄をしてもらうことが有効です。
遺留分を考慮せず遺言書を作成すると、あとで相続争いに発展するリスクがあります。
一部の相続人に遺留分を請求されることで、遺言書どおりに遺産相続をすすめられなくなる可能性があるからです。
そこで、遺言書にまとめた相続の内容を円滑に実現させたい場合は、対象の相続人に遺留分を放棄してもらいます。
本記事では、遺留分放棄の手続きの流れや、手続きに必要な書類と作成方法、相談窓口および注意点について解説しました。
本記事の内容を把握すれば、スムーズに遺留分放棄の手続きをおこなえます。
遺留分とは、法律で定められた相続人が最低限受け取るべき相続財産の割合のことです。
この割合が定められていることで、遺言や生前贈与によって侵害された場合に、不足分を金銭で請求することができます。
遺留分は相続人にとって利益となる権利ですが、自らの意思で放棄することも可能です。
これを遺留分放棄と呼びます。
以下でさらに詳しく見ていきましょう。
遺留分放棄とは、自らの意思で遺留分の権利を手放すことをさします。
遺留分の権利は、遺言や生前贈与によって遺留分が侵害された際に、お金を請求することができる権利です。
この権利を放棄することで、相続する財産が遺留分より少なかったとしても、足りない金額について請求できなくなります。
遺留分を放棄する相続人にとって不利益になる可能性はありますが、遺言者からすれば、遺言書のとおりに相続を進めるために有効な手続きといえます。
たとえば、被相続人が長男に事業を引き継がせるため、長男に財産を全て相続させたいとしましょう。
仮に被相続人がその旨の遺言書を書いても、自分の死後に長男以外の兄弟が遺留分を請求したら、遺留分を侵害した額を支払なければならなくなるため、遺言どおりにはなりません。
その結果、事業継続に悪影響が生じる可能性があるのです。
そこで、被相続人は長男以外の兄弟に遺留分放棄をしてもらいます。
これによって、遺言書どおりに相続をすすめやすくなるわけです。
ほかの兄弟には遺留分放棄をさせる代わりに、たとえば、その代償となるような生前贈与をするなどして納得してもらいます。
遺留分放棄と相続放棄には、以下のような明確な違いがあります。
遺留分放棄 | 相続放棄 | |
---|---|---|
放棄する対象となる権利 | 遺留分 | 相続 |
相続人としての権利 | あり | なし |
相続財産の取得 | できる | できない |
遺産分割協議 | 参加できる | 参加できない |
被相続人の債務 | 引き継ぐ | 引き継がない |
法定相続分への影響 | なし | あり |
相続開始前の手続き | 家庭裁判所の許可が必要 | できない |
相続開始後の手続き | 必要なし | 家庭裁判所で手続きが必要 |
遺留分放棄が遺留分を請求する権利のみを手放すのに対して、相続放棄は相続権そのものを手放すため、相続人ではなかったことになります。
家庭裁判所で手続きが必要となる点については同じですが、遺産を相続する権利を失うか否かが大きな違いとなるでしょう。
遺留分放棄手続きをおこなう際は、家庭裁判所に申述する必要があります。
本項では、遺留分放棄手続きの流れをそれぞれ解説します。
遺留分放棄の申し立てに必要な書類を準備します。
以下の書類を手元に用意しましょう。
上申書は、遺留分を放棄する理由を詳しく記載する書類です。
必須ではないものの、用意することで裁判所から遺留分放棄の許可をもらいやすくなります。
また、戸籍謄本については家庭裁判所で申し立てるときに、発行から3ヵ月以内のものが必要です。
必要な書類が用意できたら、家庭裁判所に書類を提出します。
書類は裁判所の窓口で直接手渡すこともできますが、郵送で送るほうが手間はかかりません。
郵送の方法は特に決まっていませんが、戸籍謄本などの大切な書類を含むため、受け取り確認ができる書留などをおすすめします。
家庭裁判所によって異なることがありますが、一般的には申立書を提出してから2~4週間以内(繁忙期にはもっと時間がかかる可能性もあります)に、申立人に「照会書(回答書)」が送られてきます。
照会書では生前贈与の詳細、被相続人の資産、放棄の意思表示が本人のものであるかどうか、などについて尋ねられます。
質問は複雑なものではありませんが、質問の趣旨を正しく把握して正確に回答しなければなりません。
照会書に記入したら、照会書に記されている期日までに返送しましょう。
また、遺留分放棄の事情によっては、被相続人にも照会書が届くことがあります。
この場合も同じように期日までに回答・返送しましょう。
提出書類だけでは、放棄の理由として十分でないと判断された場合などは、必要に応じて裁判所にて審問(ヒアリング)がおこなわれることがあります。
審問が必要になったら、裁判所から申立人に連絡がくるので、日程を確認して出廷しましょう。
審問では、照会書で聞かれたことと同じようなことを裁判官に直接答える必要があります。
ただし、照会書よりも詳細に質問されることが多いです。
法律の専門知識は必要ありませんが、正確かつ冷静に回答することが大切です。
なお、審問は必ずしもおこなわれるわけではありません。
提出書類により申立人の意思や放棄の理由が十分に把握できると、裁判所がみなした場合は省略されます。
照会書の返送をしたり審問を受けたりしたあと、裁判所による審理がおこなわれます。
裁判所の審理は、1〜2週間ほどかかります。
審理によって許可された場合は、遺留分放棄が確定します。
この場合、不服申し立て(即時抗告)はできません。
許可されなかった場合は、審判から2週間以内に即時抗告をして高等裁判所での審議を受けることができます。
遺留分放棄が相続人の真意ではないと家庭裁判所が判断した場合などは、遺留分放棄は却下されます。
遺留分放棄の許可審判が確定した場合、申立人には「審判書謄本」が郵便で送付されます。
審判書謄本は相続手続きなどで必要となる書類ではありませんが、放棄が認められたことを示す重要な書類ですので、大切に保管しましょう。
また、被相続人の方にも審判書謄本の写しを渡しておくと、安心感を与えることができるでしょう。
被相続人が亡くなったあとの遺留分放棄の手続きは不要です。
生前の手続きとは異なり、家庭裁判所からの許可は必要ありません。
相続人が意思表示することで自由に遺留分放棄ができます。
また、被相続人が亡くなってから1年間何もしなければ、遺留分侵害額請求権は自然に失われます。
そのため、結果的に遺留分を放棄したのと同じ扱いとなります。
遺留分放棄の手続きをスムーズに進めるためには、生前のうちに相続対策や遺留分対策をしておくことが大切です。
トラブルが起きるリスクを減らすため、以下のポイントを押さえておきましょう。
生きているうちに、相続人に対して遺言書の意図を事前に説明することは非常に重要です。
遺言書が遺留分を侵害する内容であったとしても、相続人に事前に説明しておくことで、理解を得られる可能性が高いからです。
遺言書の内容について、相続人があらかじめ納得していれば、遺留分が原因のトラブルを回避できるでしょう。
遺言書が遺留分を侵害しているにもかかわらず、遺留分を放棄することは相続人にとって納得できない場合があります。
そのため、遺留分を侵害している分について、それに見合う財産を生前に渡しておく方法があります。
生前贈与のように計画的に財産を渡したり、生命保険料の受取人に設定して、相続人が遺留分放棄をすることに納得してもらいましょう。
遺留分放棄に関する書面を残しておくことは重要です。
なぜなら、書面は証拠として残るからです。
被相続人が亡くなったあとの遺留分放棄は意思表示をおこなうだけでよいため、証拠として残りません。
そのため、のちに言った言わないの紛争の原因になる場合があります。
被相続人が亡くなったあとに作成した念書は、法的に有効な意思表示としての役割を果たします。
遺留分を請求されるか不安な場合には、相続人に念書を作成してもらい、証拠として残しましょう。
遺留分放棄の手続きをする際には、どのような注意点があるでしょうか?
本項では、主な注意点4つをそれぞれ解説します。
遺留分放棄は必ずしも認められるわけではありません。
ごくまれに却下される可能性もあります。
以下のデータをみてもわかるように、わずかですが遺留分放棄の申し立てが却下された例もあるのです。
区分 | 件数 |
---|---|
総数 | 816件 |
許可 | 763件 |
却下 | 4件 |
取下げ | 43件 |
その他 | 6件 |
裁判所によって、以下の判断基準を考慮して、遺留分放棄が却下される可能性があります。
裁判所によって遺留分放棄が認められた場合、あとから撤回するのは困難です。
特別な事情があって遺留分放棄の取り消しをしたい場合、家庭裁判所にその旨の申し立てをする必要があります。
しかし裁判所は、簡単に遺留分放棄の取り消しを許可してくれません。
仮に遺留分放棄の取り消しを認めてしまうと、相続開始後に確定した権利関係に混乱が生じる可能性があるためです。
そういった事情をふまえたうえで、遺留分放棄の取り消しを認めることが合理的と考えられる大きな状況の変化があった場合のみ認められます。
たとえば気が変わったとか、兄弟姉妹が不仲になったといった理由だけでは認められません。
反対に以下のようなケースでは、遺留分放棄の取り消しが認められる可能性があります。
遺留分放棄をしても、相続人であることは変わらずに、相続権はそのまま残ります。
そのため被相続人に借金があれば、その負債を背負うリスクはあるので注意してください。
遺留分放棄をした場合、相続人は自分の遺産の取り分を減らすだけでなく、被相続人の借金も負担する可能性もあるのです。
このような不利益を避けるためには、被相続人に借金がある場合には遺留分放棄ではなく、相続放棄を選択することが望ましいです。
相続放棄をすると、相続人は遺産だけでなく債務も放棄することができます。
遺留分を有する相続人は、被相続人の生前に遺留分を放棄する場合、家庭裁判所の許可が必要です。
(遺留分の放棄)
第千四十九条 相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。
引用元:民法 | e-Gov法令検索
この規定は、被相続人が遺留分の権利を有する相続人に対して、遺留分放棄を強要したり、不利益な取引をさせたりすることを防ぐために設けられています。
したがって、被相続人の生前に遺留分の放棄に関する念書を作成しても、家庭裁判所の許可がなければ無効です。
遺留分の放棄は重大な法的行為ですので、慎重に判断する必要があります。
遺留分放棄は相続人本人の意思によっておこなわれます。
そのため、本人にその気がないのであれば、遺留分放棄を強要することはできません。
実際に裁判所に申し立てる際には、遺留分放棄が強要されたものでないか、慎重に調べられます。
ほかの相続人に遺留分を放棄させるためには、本人の自由意志でおこなわれなければなりません。
どうしても遺留分放棄をさせたいのであれば、なぜ遺留分を放棄する必要があるのか、説得したうえで納得してもらうしかないでしょう。
遺留分放棄は原則、1度認められると撤回できません。
遺留分放棄が撤回されることで相続関係が複雑化し、ほかの相続人が損害をこうむってしまう可能性があるからです。
一方で、重大な錯誤(誤解)によって遺留分放棄をしてしまった場合など、例外的に遺留分放棄の撤回が認められるケースもないわけではありません。
ただし、遺留分放棄の撤回をするべき必要性を証明し裁判所に認めてもらうのは難しいです。
自分だけで手続きをおこなうのが不安であれば、専門家である弁護士のサポートを求めることを強く推奨します。
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遺留分放棄のことで不安があれば、なるべく早く弁護士に相談しましょう。
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