相続財産の中に借金・債務があるときに利用することが多い相続放棄ですが、特定の相続人に財産を集める必要がある場合や相続争いから逃れたいという場合にも用いられます。
しかし、相続放棄をした場合に相続税はどうなるのか気になる方も多いはずです。
また、一部の相続人が相続放棄をした場合、残った相続人の相続税はどのように扱われるのかも知っておくべきでしょう。
そこで本記事では、相続放棄と相続税との関係について解説します。
相続放棄をした人はもちろん、ほかの相続人が相続放棄をしたケースについても説明するので、ぜひ参考にしてください。
まず、相続放棄をした人の相続税がどうなるのかについて解説します。
まず、相続放棄をすると原則として相続税は課されません。
相続税の納税義務者となるのは、相続又は遺贈により財産を取得した者です。
相続放棄をすると、最初から相続人ではなかったものとみなすことになっているため、相続放棄をした人は相続をしていないことになります。
相続放棄をしたとしてもみなし相続財産を受け取った場合は、相続税が課されます。
みなし相続財産とは、相続・遺贈によって財産を取得したわけではないけども、実質的に見て相続によって財産を得たのと同視できる財産のことです。
相続放棄によって相続人ではなくなった場合でも、みなし相続財産を受け取っているケースがあり、典型的な例が生命保険です。
生命保険金は生命保険契約に従って受取人に対して支払われるもので、相続に基づくものではないことから、民法では相続財産として取り扱われず、遺産分割の対象にはなりません。
しかし、被相続人が金銭を支出して契約をおこない、受取人が金銭を受け取っていることを考えると、お金の流れだけ見ると相続と変わりません。
そのため、生命保険金はみなし相続財産に該当し、仮に受取人が相続放棄をしていたとしても相続税の課税義務が発生します。
税金を公平に徴収するという観点から、実質的に相続と変わらない財産の移転については、相続税を課税する仕組みが設けられているのです。
相続放棄後に遺贈により遺産を受け取った場合も相続税が課せられます。
相続放棄をした場合には相続人となることはできませんが、遺贈を受けることは可能です。
ただし、相続放棄後に遺贈によって財産を受け取った場合には、税額控除を利用できる可能性があります。
以下で詳しく見ていきましょう。
相続放棄後に遺贈で遺産を受け取った場合に使える税額控除として、次の3つを知っておきましょう。
配偶者の税額軽減とは、配偶者が相続する財産が1億6,000万円または、法定相続分のいずれかの少ない額までは相続税がかからないとするものです。
未成年者控除とは、法律上未成年者である場合に利用できる控除で、成年となる18歳から現在の年齢を引いた年数に10万円を乗じた金額の税額控除をするものです。
障害者控除とは、85歳未満の障害者が利用できる控除で、85歳から現在の年齢を引いた年数に10万円(特別障害者の場合は20万円)を乗じた金額の税額控除をするものです。
これらの税額控除の制度は、相続放棄をして遺贈を受けた場合にも利用できます。
生前贈与を受けたあとに相続放棄した場合でも、相続税は課税されます。
そもそも、生前贈与には相続開始前の一定期間における贈与については、贈与ではなく相続として持ち戻しをおこなう制度があります。
そのため、生前贈与によって贈与を受けたあとに相続放棄をしても、相続税を免れることはできないのです。
ここからは、相続放棄をすることによって、相続税の計算にどんな影響があるのかを見ていきましょう。
まず、相続放棄をしていないほかの相続人の相続税額が大きくなります。
相続放棄をしても基礎控除などには影響はなく、計算をするうえでの相続税の総額は変わりません。
しかし、相続放棄をすることで相続人が少なくなるので、相続放棄をしていないほかの相続人が相続する相続財産が増えます。
各人の相続税は相続した財産の額に税率を乗じて計算されるため、相続した財産の額が増えれば、相続税額も増えることになるのです。
相続人の一人が相続放棄をしても、基礎控除額には影響しません。
相続税の申告・納税の義務は、基礎控除額を超える相続財産がある場合に発生します。
なお、相続税の基礎控除額の計算方法は以下のとおりです。
3,000万円+(600万円×法定相続人の数)=基礎控除額 |
法定相続人の数については、相続放棄をしたかどうかに左右されない仕組みとなっており、相続放棄をしても基礎控除額に影響はありません。
債務控除について、相続人が相続放棄をしても控除額には影響しません。
相続財産の計算をする際に借金や未払い金などの債務がある場合、相続財産から控除するのが債務控除です。
債務控除は被相続人の債務についておこなわれるものであり、相続人が何人いるかは関係ありません。
相続放棄をした場合には代襲相続が発生すると考える方もいるでしょう。
しかし、相続放棄においては、代襲相続は発生しません。
そもそも代襲相続とは、本来相続人となる人が相続権を失っている場合に、その子が代わって相続人となることをいいます。
たとえば、父A・母B・子Cという家族がいたとき、その子Cにさらに子DとE(父からすると孫)がいるとしましょう。
この場合に、すでに子が亡くなっていて、その後に父が亡くなると、相続人であった子がすでに亡くなっているので、孫であるD・Eが代襲相続をします。
代襲相続をする人が複数いる場合、上述の基礎控除の計算において法定相続人が増えるため、基礎控除額が増えることがあるのです。
ただ、相続放棄をした場合はその子に代襲相続が発生しないことになっているため、このような基礎控除の増加による相続税への影響はありません。
配偶者は、配偶者の税額軽減を受けることができますが、配偶者が相続放棄をした場合でも影響はありません。
相続放棄をした人でも、生命保険金のようなみなし相続財産を受け取った場合には、課税の対象となります。
生命保険金や死亡退職金を受け取った場合には「500万円×(法定相続人の数)」の非課税枠がありますが、相続放棄をした方には非課税枠の制度の適用がありません。
未成年者控除・障害者控除については、相続放棄をしたことによる影響はありません。
相次相続控除とは、対象となる相続開始前10年以内に被相続人が相続・遺贈などによって財産を取得したことで相続税を課されていた場合に、相続税額について一定の金額を控除することができる制度のことです。
相次相続控除は相続人であることに基づいて適用されるものであり、相続放棄によって相続人ではなくなった場合には、相次相続控除は利用できません。
2割加算とは、相続や遺贈によって財産を取得した人が、被相続人の一親等の血族および配偶者以外の人である場合、相続税額に2割に相当する金額が加算される制度のことです。
2割加算の制度は配偶者・一親等の血族以外に適用されるので、相続放棄をした相続人が配偶者・一親等の血族である場合には2割加算はされません。
相続人が受けていた生前贈与が、生前贈与加算の対象となる場合には、相続放棄をしていても相続税の課税対象となります。
相続時精算課税制度とは、受贈者が2,500万円まで非課税で生前贈与を受けることができる制度です。
相続時精算課税制度では、贈与者が亡くなったときに生前贈与をした財産の贈与時の価額と相続財産の価額とを合計した金額から相続税額を計算し、一括して相続税として納税します。
相続時精算課税制度を利用して生前贈与を受けている場合、その生前贈与財産は相続財産として計算することになるので、相続税の課税対象となります。
そのため、相続放棄した場合も相続税の納税義務があります。
ここからは、相続放棄をした人がいる場合に相続税をどのように計算するのか、具体的に見ていきましょう。
まず、相続財産の総額を算出します。
相続財産に生前贈与財産・みなし相続財産を加算して、債務・葬祭費用などの控除される金額を差し引きましょう。
なお、相続財産の総額を計算する際は財産評価基本通達に基づいて計算することになります。
相続放棄をした人が、相続時精算課税制度で生前贈与を受けていた場合や、生前贈与加算の対象となる生前贈与を受けていた場合でも計算には影響しません。
相続財産の総額から基礎控除額を差し引き、課税遺産総額を求めます。
基礎控除額の計算にあたっては、相続放棄をした人がいたとしても影響はありません。
たとえば、父・母・子2人の家族では、基礎控除額は次のように算出できます。
3,000万円×(600万円×法定相続人3人)=4,800万円。 |
仮に相続財産が8,000万円である場合には、課税遺産総額は「8,000万円-4,800万円=3,200万円」となります。
次に課税遺産総額を法定相続分で按分します。
ここでも相続放棄をしたことについて計算には影響しません。
上記の例だと法定相続分は母1/2、子がそれぞれ1/4となるので、母1,600万円、子がそれぞれ800万円となります。
次に、法定相続分で相続すると過程して、各相続人の相続税額を求めます。
ここでも相続放棄をしたことについて計算には影響しません。
相続税額は相続財産に所定の税額を乗じ、控除をすることで求めます。
取得金額ごとの税額と控除額は以下のとおりです。
法定相続分に応ずる取得金額 |
税率 |
控除額 |
1,000万円以下 |
10% |
- |
1,000万円超から3,000万円以下 |
15% |
50万円 |
3,000万円超から5,000万円以下 |
20% |
200万円 |
5,000万円超から1億円以下 |
30% |
700万円 |
1億円超から2億円以下 |
40% |
1,700万円 |
2億円超から3億円以下 |
45% |
2,700万円 |
3億円超から6億円以下 |
50% |
4,200万円 |
6億円超 |
55% |
7,200万円 |
なお、上記の例に当てはめると、相続税額はそれぞれ次のように計算できます。
④で計算した相続税額を合算して、相続税の総額を求めます。
上記の例では「190万円+80万円+80万円」で、総額350万円となります。
④の足し算をするだけなので、ここでも相続放棄による影響はありません。
実際の相続分にあわせ、各相続人の相続税額を求めます。
相続放棄をした人は相続をしていないので、ここでは計算に影響します。
上記の例で、母と相続放棄をしていない子でそれぞれ半分ずつの相続をした場合には、「350万円÷2=175万円」で、母・子それぞれ175万円ずつの相続税を負担します。
最後に相続人それぞれに適用できる控除を反映し、相続人が支払うべき実際の相続税額を求めます。
上記の例では、母については配偶者控除があるため、相続税の支払いは必要なくなります。
一方で子は175万円の相続税を負担することになるでしょう。
ここまで見てきたとおり、相続税の計算は非常に複雑で難解です。
下記記事では、相続税計算をわかりやすく解説しているほか、シミュレーターを用意しているので、ぜひ活用してください。
相続放棄と相続税の関係について、よくある質問と回答を紹介します。
相続人が全員相続放棄をした場合、手続きを経て相続財産は国庫に帰属することになります。
そのため、相続・遺贈によって相続財産を得た人がいない状況になるので、生前贈与などによって相続税の納税義務がある人がいない限り、相続税が発生することはありません。
ただし、相続人がいない場合には、内縁関係にあったり療養介護をしていたりと、特別の縁故がある人に対して相続財産を取得させることができます。
特別縁故者に対する相続財産の分与がおこなわれた場合、相続税法4条によってみなし相続財産とされるので、特別縁故者に相続税の納税義務があることになります。
相続放棄をした場合でも遺贈の受け取りは可能です。
遺言書によって財産を譲り渡すことを遺贈といい、遺贈は相続人であるかどうかにかかわらず可能です。
相続税の納税義務がある場合には、相続税の申告をおこなわなければなりません。
相続人が相続放棄をしている場合、相続税申告の際には相続放棄申述受理証明書を添付することになります。
なお、相続放棄をして受理されると、相続放棄をした人に相続放棄申述受理通知書というものが送られてきます。
しかし、相続放棄申述受理通知書はあくまで家庭裁判所が相続放棄を受理したことを本人に通知するものにすぎません。
相続税申告をする際には別途「相続放棄申述受理証明書」という書類を取り寄せる必要があるので注意しましょう。
なお、書類の請求は相続放棄を受理した家庭裁判所に対しておこなわれ、相続放棄をした本人でなくても相続人であれば取得することが可能です。
本記事では相続放棄と相続税についての関係を解説しました。
相続放棄をおこなうと相続人ではなかったことになりますが、相続税法の規定によって相続税との関係では相続放棄した人も相続税の申告・納税の義務があることがあります。
自分が相続放棄をする場合はもちろん、相続人の一部が相続放棄をする場合は、相続税の計算が複雑になるケースもあるでしょう。
相続税の計算は複雑かつ難解なので、不安な場合は税理士に頼ることも検討してください。
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