近年、日本では高齢化が進んでいることに伴い、認知症などによって判断能力が低下してしまい、財産の管理や契約行為などが難しくなるケースが増加傾向にあります。
そこで、判断能力が低下ししまった本人に代わり、契約の締結・解除、財産の管理、医療・介護の手続きなどを支援するのが成年後見人です。
しかし、後見人になれる人は自分で決められないため、必ずしも親族が後見人になれるとは限りませんし、成年後見人を立てることによってほかの相続人にデメリットが生じることもあるため注意が必要です。
また、成年後見人を立てる手順は少々複雑なため、流れをしっかりと理解しておくことが重要です。
本記事では、遺産相続の際に成年後見人ができることや成年後見人を立てるデメリットを、成年後見人を選任する流れをとともに解説していきます。
相続人や被相続人が高齢になり、認知能力が乏しくなることは決して珍しいことではありません。
相続における成年後見人の役割と注意点をしっかりと理解しておきましょう。
法定後見人制度とは、家庭裁判所によって選ばれた後見人が、障害や認知症などによって判断能力が低下した人(被後見人)の権利や財産を守り、保護・支援する制度です。
法定後見制度は、障害や認知症の程度に応じて、「補助」「保佐」「後見」の3つの種類(類型)が用意されています。
法定後見制度においては、家庭裁判所によって選ばれた成年後見人等(補助人・保佐人・成年後見人)が、ご本人の利益を考えながら、ご本人を代理して契約などの法律行為をしたり、ご本人が自分で法律行為をするときに同意を与えたり、ご本人が同意を得ないでした不利益な法律行為を後から取り消したりすることによって、ご本人を保護・支援します。
引用元:法定後見制度とは|厚生労働省
遺産相続では、一般的には判断能力が低下した相続人が遺産分割協議をおこなう場合に成年後見人が選任されます。
また、法定相続分どおりに分割する場合でも、判断能力が低下した相続人が不利になる事情があるなら成年後見人の選任が必要になります。
ここでは、遺産相続で成年後見人を立てる必要がある主なケースについて説明します。
遺産相続の際に相続人が複数いる場合には、相続人間で「誰が、どの財産を、いくら相続するのか」を話し合う「遺産分割協議」をおこなわなければなりません。
たとえば、被相続人の妻である母親は法定相続人ですが、認知症を発症して判断能力が不十分な場合には遺産分割協議ができません。
そのため、判断能力が低下した法定相続人がいるにもかかわらず、遺産分割協議をおこなった場合、その遺産分割協議書は無効です。
このような場合には法定後見人を立て、被後見人の権利や生活を守られる状態としたうえで遺産分割協議を進める必要があります。
法定後見人は被後見人の不利にならないよう、ほかの相続人と話し合いをおこない、遺産分割協議を進めます。
また、協議成立後は名義変更などの事務手続きも法定後見人がおこないます。
法定相続分に沿って遺産分割をおこなう場合は、原則として法定後見人は不要です。
法定後見人をつけずに遺産分割協議書を作成したとしても、法定相続分どおりに遺産相続をする場合は判断能力が低下した相続人が特別に不利を受けるわけではなく、無効にはならないからです。
ただし、法定相続分どおりに遺産分割をする場合、寄与分や特別受益が考慮されていないリスクがあります。
判断能力が低下した相続人が不利になる事情がある場合は、成年後見人を立てて遺産分割協議などの手続きをおこなう必要があるでしょう。
相続の際に遺言書があるのであれば、相続人の中に判断能力が低下した人がいても法定後見人は必要ありません。
遺言書があれば、遺言書の内容の沿って粛々と遺産分割をおこなうため、判断能力が低下した相続人が不利益を被る心配がありません。
遺産分割協議において成年後見人ができることは、主に次の3点です。
ここでは、遺産分割協議の場面で成年後見人ができる3つのことについて解説していきます。
まず、成年後見人は遺産分割協議に参加することができます。
遺産分割協議では、ほかの相続人が少しでも自分の取り分を大きくするため、判断能力が低下した相続人にとって著しく不利な条件で協議を成立まで進めようとする可能性があります。
成年後見人を選任することで、法定後見人は協議内容について家庭裁判所と相談しながら本人の利益を守ることができる内容であるかを確認します。
一般的には、法定相続分に相当する財産を得られる内容になっていないと成年後見人が同意することはないため、遺産分割協議に成年後見人が参加することで、判断能力が低下した相続人が不利になることはありません。
被相続人が負債を抱えていた場合には、負債も相続することになるため、相続放棄や限定承認も検討することになります。
相続放棄や限定承認をおこなうことについて、家庭裁判所に許可をとる必要はありませんが、一般的には相続放棄や限定承認をおこなうかどうかも、成年後見人が家庭裁判所に相談しながら決定し、実務上の手続きを被後見人に代行しておこないます。
相続放棄や限定承認は負債から免れることができるメリットがある一方、相続できる資産も失ってしまう点はデメリットといえるでしょう。
そのため、成年後見人は免除される負債と相続できる資産を比較し、最も被後見人にとってメリットのある方法という観点から、相続放棄や限定承認をおこなうかどうかを決定します。
相続の場面では、不動産の相続登記や相続税の申告などの税務手続きも必要になります。
この際の手続きも、成年後見人が被後見人に代わっておこないます。
なお、これらの手続きは成年後見人が法務局へ行ったり、確定申告書を作成するということではなく、本人に代わって司法書士や税理士などへ手続きを依頼します。
このとき、これらの専門家へ支払う費用は本人の財産の中から支払われます。
成年後見人の役割は、大きく分けて被後見人の財産管理と身上監護の2つです。
そのため、法定後見人には相続の場面以外においてもさまざまな役割があります。
役割 |
具体的な役割 |
財産管理 |
✓預貯金・現金の入出金の管理や口座解約 ✓不動産の管理や処分 ✓税金の申告・納税 ✓年金の申請・受け取り ✓保険金の受け取り ✓契約の締結・取り消し、同意 ✓訴訟手続の対応 など |
身上監護 |
✓医療に関する契約締結や医療費の支払い ✓介護費用の支払い ✓介護保険の認定申請 ✓住居の賃貸契約や更新、家賃の支払い |
年に1回の家庭裁判所へ報告業務 |
✓後見等事務報告書・財産目録・預貯金通帳のコピー・本人収支表の提出 |
後見人を立てると、被後見人に関わるこれらの役割を任せなければなりません。
「遺産分割協議だけを任せたい」など、一部だけを任せて解任するようなことはできないため注意しましょう。
また、成年後見人は年に1回家庭裁判所に対して報告業務があります。
ここでは、財産目録・預貯金通帳のコピー・本人収支表とともに事務報告書を提出し、後見人が被後見人の財産管理と身上監護を適切におこなっていることを確認しています。
遺産分割の際、親族が後見人になれるとは限りません。
むしろ、相続の場面においては利益相反が起こる可能性があるため、親族が後見人になれる可能性は低いといえるでしょう。
しかし、見ず知らずの第三者に親族の財産を管理させるよりも親族のほうが信頼できると考える方は多いでしょうし、親族であれば報酬がかからないことから親族を成年後見人にしたいと考える人は多数います。
ここでは、遺産分割の場面において親族が後見人になれるかどうかを解説します。
成年後見人を選定するのは家庭裁判所です。
成年後見人は、被後見人になる人の財産管理や身上監護を最も適切におこなうことができる方を、本人の症状や周囲の状況などをもとに選定します。
成年後見人等は、本人のためにどのような保護・支援が必要かなどの事情に応じて、家庭裁判所が選任することになります。 本人の親族以外にも、法律・福祉の専門家その他の第三者や、福祉関係の公益法人その他の法人が選ばれる場合があります。
家庭裁判所は、状況に応じて適切だと判断できる人を選任しますので、親族が成年後見人として選任されることがあるものの、親族以外にも法律や福祉の専門家などの第三者が選ばれる可能性も十分にあります。
成年後見人は親族が選ばれるケースと第三者が選ばれるケースに分かれますが、実際には親族が成年後見人として選ばれている割合はかなり低くなっています。
最高裁判所事務総局家庭局が公開している資料によると、成年後見人と被後見人の関係性の内訳は以下のようになっています。
親族 |
7,381件 |
親族以外 |
33,348件 |
うち弁護士 |
8,925件 |
うち司法書士 |
11,983件 |
うち社会福祉士 |
6,132件 |
うち市民後見人 |
344件 |
合計 |
40,729件 |
親族が成年後見人として選任されている割合は実は18%強しかありません。
実際には成年後見人の多くが弁護士や司法書士などの第三者の専門家で、親族が成年後見人として適切であると選ばれるケースは少ないことがうかがえます。
弁護士を成年後見人として選ぶことには、以下のような多くのメリットがあります。
弁護士へ依頼してくれれば事務手続きや他の相続人への連絡などを任せられます。
また、親族や第三者が成年後見人になった場合には、被後見人の財産を使い込んでしまうリスクがありますが、弁護士であればこの心配はほぼありません。
また、相続全般の相談や最適な相続手続きの方法などについても相談に乗ってもらえます
弁護士が成年後見人になることは、ワンストップで相談から手続きまで全てを安心して任せられます。
成年後見人の申し立ての際には、申立人が後見人等の候補者を推薦できます。
もっとも、必ずしも推薦した弁護士が選任されるとは限りませんが、選任手続きの際の参考にはなるため、弁護士を推薦してみるとよいでしょう。
遺産相続の場面で後見人を立てることはメリットばかりではありません。
以下5つのデメリットについても、しっかりと理解しておきましょう。
金銭的、手続き的なデメリットがある点はしっかりと理解したうえで、後見人を立てる必要があります。
遺産相続で後見人を立てる5つのデメリットもしっかりと理解しておきましょう。
後見人は、被後見人の預金を引き出すなど、財産を処分したり使用したりすることができるため、後見人が財産を横領するリスクがあります。
また、相続の場面では被後見人の親族が相続人に成年後見人となっていた場合、成年後見人も相続人となることから、被後見人と後見人が利益相反関係になってしまいます。
このような場合には、被後見人にとって不利な遺産分割協議となってしまうおそれがあります。
実際、後見人による横領や犯罪事例は後を立たず、成年後見人として管理していた預かり金など約547万円を着服したとして、福岡地検が福岡県弁護士会所属の弁護士(57)(福岡市中央区)を業務上横領罪で福岡地裁に在宅起訴されるというニュースがありました。
成年後見人を選定したからといって必ずしも安心というわけではなく、成年後見人がその地位を悪用して悪事をはたらくリスクもある点には留意する必要があるといえます。
弁護士などの親族以外の専門家を後見人にすると報酬を支払わなければなりません。
弁護士によって報酬は異なりますが、平均月額3万〜5万円程度です。
弁護士を後見人にする場合は高い弁護士報酬を支払っても金銭的なメリットがあるかを必ず確認したうえで弁護士を推薦してください。
成年後見人の報酬については、以下のページで詳しく解説しています。
成年後見人は一度選任すると原則として相続手続が完了しないと解任できません。
次のような解任事由がある場合のみ、家庭裁判所へ解任を申し立てることができます。
たとえば、被後見人の預金を横領するような行為は解任事由にあたる可能性が高いため、解任の申し出が認められる場合があります。
言い換えれば、成年後見人として通常求められる程度の業務遂行ができていれば、解任することはほぼ不可能ということになります。
そのため、相続手続きが終わったから、用が無くなったので解任したいと考えても、解任はほぼできない点に留意しておきましょう。
成年後見人を選任すると、被後見人や他の親族が被後見人の財産処分をすることができなくなります。
基本的には、財産の処分は法定後見人がおこなうためです。
本人が「車を買いたい」「土地を売りたい」などと考えていたとしても、成年後見人がNOと言った場合には本人の財産の処分ができなくなってしまう点はデメリットといえるでしょう。
成年後見人が選任されると、成年後見人によって被後見人の財産は保全されるため、次のような相続税対策をおこなうことできなくなります。
これらの行為は時として大きな節税効果がありますが、短期的には被後見人の財産が大きく減少してしまう財産の処分にあたるため、成年後見人が手続きすることはできない場合もあります
成年後見人を選任する際は、一般的に以下の手順でおこないます。
単に家庭裁判所へ申立てをすればよいだけでなく、必要な書類を集め家庭裁判所が本人に対して面談を実施し、場合によっては医師の診断を受けなければならないため、手続きは煩雑です。
ここでは、順を追ってそれぞれ詳しく解説します。
まずは、どの家庭裁判所へ申し立てるのがよいのか確認しましょう。
成年後見人の申し立てができる場所は、「本人の住所地を管轄する家庭裁判所」です。
裁判所の管轄区域は、裁判所のホームページから住所ごとに簡単に確認できます。
次に、成年後見人の申立てに必要な書類を集めましょう。
申立てに必要な書類には、以下のようなものがあります。
なお、申立書の様式は家庭裁判所ごとに異なります。
そのため、以下いずれかの方法で適切な申立書を取得する必要があります。
家庭裁判所によって取得方法が異なるため、まずは裁判所へ連絡してみるとよいでしょう。
必要書類を記載して申立書を作成したら、これらの書類を家庭裁判所へ提出します。
なお、家庭裁判所の許可がない限り、一度申し立てた申立ては取り消すことができません。
そのため、慎重に検討したうえで申立てをおこなってください。
申立てが受理されると、家庭裁判所による審理が始まります。
審理の内容は主に以下のとおりです。
具体的にどのような審理をおこなうのか、それぞれ詳しく解説していきます。
なお、申立て開始から1ヵ月〜3ヵ月程度の時間をかけて審理はおこなわれます。
申立人や後見人候補者と裁判官が面談を実施します。
面談では申立てに至った経緯や本人の状況などを聞かれるので、率直に経緯や状況を伝えましょう。
裁判官が「本人からも直接事情を聞いたほうがいい」と判断した場合には、本人と面談し状況について質問がおこなわれます。
基本的には管轄の家庭裁判所で面接がおこなわれますが、本人の病気などの程度や状況によって病院や自宅へ訪問し面接が実施されることもあります。
裁判官の判断で親族に「この人が成年後見人で問題ないか」と確認することがあり、この確認を「親族への意向照会」といいます。
たとえば、被後見人と相続人としての立場が同じ人が後見人として選任された場合、その後見人には被後見人やほかの相続人と利益相反関係になるため、このようなケースでは親族への意向照会がおこなわれる可能性があります。
親族の中に成年後見人の選任に反対している人がいれば、申立ての際に推薦している成年後見人が選任される可能性は低くなるでしょう。
申立ての際に提出した診断書や申立書の内容だけでは、裁判官が本人の判断能力が判断できない場合、裁判官の判断で医師による診断を改めて実施することがあります。
これを鑑定といいます。
鑑定では、一般的な診察と比べ、より詳細に医学的な判定をおこないます。
なお、申立ての際に提出した診断書や申立書の内容から十分に本人の判断能力を判定できる場合では鑑定は実施されません。
提出した書類の内容や、面談や鑑定結果を勘案し、成年後見人の選任について裁判所が判断を下すことを「審判」といいます。
「後見の開始の審判」と同時に裁判所が成年後見人を選任し、場合によっては成年後見人を指導
したり、監督したりする成年後見監督人が選ばれるケースもあります。
なお、審判に対して納得ができない場合には、審判書が成年後見人に届いてから2週間以内に不服申立てをおこなうことが可能です。
不服申立てをおこなわなければ、後見開始の審判の効力が確定します。
遺産相続で成年後見人を立てることについて、よくある質問は次のとおりです。
ここでは、各質問の答えをそれぞれ紹介します。
成年後見人を選ぶのは家庭裁判所のため、自由に任命することはできません。
成年後見制度は本人の保護を目的とした制度であり、家庭裁判所は本人の状況や環境などを鑑みて、最も本人の権利や利益を守れる人は誰なのかという視点でのみ審理をおこないます。
審理の結果、家族や親族が選任されることもありますが、血のつながりのまったくない、弁護士や司法書士などの第三者が選ばれるケースのほうが多くなっています。
申立ての際に、成年後見人候補者を推薦することはできますが、必ずしも推薦した人が後見人になれるわけではありません。
相続の場面においては、遺言書があれば成年後見人を立てる必要は必ずしもありません。
遺言書があるのであれば、遺言書の内容どおりに遺産分割が進むため、遺産分割協議が不要だからです。
しかし、相続する財産に不動産がある場合には、判断能力が乏しい相続人の同意が必要になります。
このようなケースでは、不動産の名義変更や取り壊しや売却などができないため、成年後見人を選任したほうがよいでしょう。
遺産相続の場面で、法定相続人のうち1人でも判断能力がない人がいると、相続ができないケースがあります。
遺言がない場合は、成年後見人を選任しないと相続の手続きが進みません。
また、相続財産の状況によっても成年後見人を選任すべきか否かは異なるため、まずは弁護士へ相談するとよいでしょう。
成年後見人の選任は家庭裁判所がおこない、家庭裁判所の申立てにはさまざまな書類が必要で手続きも煩雑です。
弁護士へ相談すれば申し立ての手続きもスムーズに進むため、まずは気軽に相談してください。
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