物納(ぶつのう)とは、相続税の金銭納付が困難な場合にのみ認められる納税方法で、金銭の代わりに相続財産そのものを渡して相続税を納めます。
税金は金銭納付が原則ですが、相続では「相続財産のなかに金銭がない」または「ごくわずかの金銭しかない」というケースもあるうえ、相続税の税率は最大55%と非常に高く納税額が大きくなる傾向にあることから、相続税については例外的に物納が認められています。
しかし、無制限に物納が認められるわけではなく、所定の要件を満たしたうえで期限内に手続きをおこなう必要があるほか、物納できる財産にも決まりがあるため注意しなければなりません。
この記事では、相続税を支払う金銭が足りない場合に活用できる「物納」について、要件・物納できる財産・手続きの流れなどを解説します。
物納は、相続税を金銭で支払えない場合にかぎり認められる制度です。
相続税だけに認められた納税方法なので、贈与税や住民税などでは利用できません。
基本的に相続税は高額になりがちですが、相続財産のうち金銭が少ない場合や、すぐに処分できないものが大半を占めている場合などは、納税資金を確保するのが難しいこともあります。
そのような事態が相続税については起こりうるため、相続財産そのものを国に納めることで相続税の納付に代えることが認められています。
ここでは、物納の特徴や要件などの基礎知識を解説します。
相続によって財産を取得したものの、相続税を支払う金銭が足りない場合に検討すべき手段としては、物納のほかに延納なども考えられます。
両者の違いは次のとおりです。
|
物納 |
延納 |
内容 |
相続税を金銭ではなく「物」で支払う制度 相続税以外の税金には利用できない |
相続税の分割払いを認めてもらう制度 相続財産に応じて延納できる期間が変わる |
利用できるケース |
延納をしても相続税の金銭納付が困難な場合 |
相続税などの金銭納付が困難な場合 |
利用方法 |
所定の期限内に税務署へ物納申請をおこなう 税務署の許可が下りなければ利用できない |
所定の期限内に税務署へ延納申請をおこなう 税務署の許可が下りなければ利用できない |
具体的な流れ |
税務署の許可が下りたら、物納する財産の所有権移転手続きをおこなう |
延納が許可された期限内に相続税と利子税を支払う |
大きな違いとしては、物納が「金銭の代わりに財産自体を国に納付する手続き」であるのに対し、延納はあくまでも「相続税の分割払いのための手続き」であるという点です。
また、延納は所得税や贈与税などでも利用できますが、物納は相続税にしか利用できないという点でも異なります。
物納できるのは相続税だけであり、贈与税などには利用できません(相続税法第41条)。
相続税以外の税金について納税資金が足りない場合には、延納手続きを検討しましょう。
なお、物納には要件として「金銭での納付が困難な事情があること」「金銭での納付が困難な金額に限って利用できる」などが定められています。
つまり、相続財産のなかに少しでも預金がある場合や、納税義務者となった相続人に預貯金などの資産がある場合などは、金銭での納付が困難な金額でない部分は物納できません。
相続税法第41条によると、物納の要件は次のとおりです。
物納は、延納によっても金銭納付が困難な場合にかぎり認められます。
したがって、相続税が少額で「納税義務者の資力であれば延納すれば納付可能」と判断された場合には、①の要件を満たしておらず物納申請が却下されます。
相続財産のうち、預貯金などの金銭や換価が容易な財産がある場合には、納付すべき相続税額からこれらの額を控除した部分の限度で物納が許可されます。
物納できる財産には順位が定められており、上位のものから物納に充てるのが原則です。
例外的に、ほかに物納に充てるべき適当な財産がない場合には、下位のものでも物納財産にすることができますが、基本的には第1順位のなかから物納財産を選びます。
物納については物納申請期限が定められており、相続税の納付期限または納付すべき日までに必要書類を揃えて税務署に申請しなければなりません。
もし必要書類などの準備が間に合わない場合には、必ず「物納手続関係書類提出期限延長届出書」を提出しましょう。
この届出書を提出すると、必要書類の提出期限を最長1年間延長できます。
物納できる財産は、不動産・船舶・国債証券・地方債証券・短期社債等を除いた上場株式や非上場株式等・動産などに限られます。
なお、上記の財産でも「管理処分不適格財産」に該当するものは物納に不適格なものとして申請が却下されるので、よく調査してから申請しましょう。
順位 |
財産の内容 |
具体例 |
第1順位 |
不動産・船舶・国債証券・地方債証券 不動産のうち物納劣後財産に該当するもの |
土地・建物・株式・特定登録美術品など |
第2順位 |
短期社債等を除いた上場株式・非上場株式等 株式のうち物納劣後財産に該当するもの |
親族会社等の非上場株式・投資信託等の受益証券など |
第3順位 |
動産 |
美術品・宝石・自動車・家具など |
※相続開始時点で登録を受けている特定登録美術品は、区分としては動産ですが、一定の書類を提出することで順位に関係なく物納に充てられます(No.4214 相続税の物納|国税庁)。
なお、物納財産にあたるものでも、以下のいずれかに該当する場合は「管理処分不適格財産」として扱われます。
不動産 |
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株式 |
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その他 |
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また、以下のような財産は「物納劣後財産」に該当し、ほかに物納に充てる適当な財産がない場合にかぎり利用できます。
物納財産を収納する際の価額は、原則として「相続税の課税価格計算の基礎となったその財産の価額」となります。
なお、実際に収納されるまでに著しく状況が変化した場合には、収納時の状況に応じて税務署長が収納価額を決定します。
また、不動産にかかる相続税を軽減できる「小規模宅地等の特例」を適用する場合には、特例適用後の価額が収納価額となります。
基本的には「相続税の課税価格計算の際の金額になる」と考えれば問題ありません。
しかし、たとえば「相続発生時には建物が建っていた土地で、収納時には更地になっている」というようなケースでは収納価格が大きく変化する可能性があるので、不安な場合は税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
ここでは「相続税納付額が500万円」と仮定して、ケースごとに物納ができるかどうかを解説します。
「評価額が200万円の不動産と500万円の預貯金を相続した」という場合、500万円の相続税を支払える十分な資力があるので、物納は認められません。
「10万円の預貯金と複数の不動産を相続した」という場合、500万円の相続税のうち金銭で支払える10万円を控除した490万円の部分について、物納できる可能性があります。
「不動産だけを相続した」という場合でも、もし十分な預貯金がある場合は物納できない可能性があります。
物納は最終手段のようなものであり、申請した際は財産状況などについて厳格な審査がおこなわれます。
誰でも軽々しく利用できるものではないということを理解して、慎重に手続きをおこなうことが大切です。
物納の流れは以下のとおりです。
まずは、物納できる財産のなかから物納申請する財産を選定します(①)。
選定したあとは、物納手続関係書類を作成します(②)。
作成書類は物納財産ごとに異なりますが、共通で必要な書類としては物納申請書・金銭納付を困難とする理由書・物納財産目録などです。
物納申請書やその他の必要書類は、期限までに「被相続人の死亡時における住所地を所轄する税務署」に提出します(③)。
物納申請期限は原則として「被相続人の死亡時から10ヵ月以内」ですが、期限内の提出が難しい場合は、期限までに「物納手続関係書類提出期限延長届出書」を提出することで期限を延長できます。
一度届け出をすれば最大3ヵ月延長でき、届け出の回数に制限はありませんが、延長できるのは物納申請期限の翌日から起算して1年までです。
税務署から提出書類の不備や不足を指摘された場合は、通知を受けた日の翌日から起算して20日以内に、書類の訂正・追加書類の提出をしなければなりません(④)。
期限内の対応が難しい場合は、「物納手続関係書類提出期限延長届出書」を提出することで期限を延長できます。
なお、物納申請財産に不動産が含まれる場合は、税務署・財務局による現地調査が必要です(⑤)。
現地調査の結果「物納財産の整備が必要」と判断された場合は、税務署長から指定された期限内に必要な措置を講じる必要があり、これについても期限の延長は可能です(⑥)。
①から⑥まで完了し、物納申請の内容が法律で定める要件を満たしており、「物納申請財産は物納に充てる財産として適当である」と判断された場合は物納が許可されます。
一方、物納申請の内容が法律で定める要件を満たしておらず、「物納申請財産は物納に充てる財産として不適格である」と判断された場合や、物納手続関係書類が期限までに提出されない場合、さらに必要な措置を期限までに講じない場合などは物納が却下されます(⑦)。
物納の注意点としては、「物納できる期間には制限があること」「申請したからといって必ず許可されるとはかぎらないこと」「利子税がかかること」などがあげられます。
物納するには、「相続税の納付期限または納付すべき日」までに申請が済んでいることが前提になります。
相続の開始から10ヵ月以内に申請書などの必要書類を税務署に提出しなければ利用できません。
いくら物納を希望しても、税務署が却下した場合は物納できません。
申請が却下された場合でも、納付期限から却下までの間に利子税が発生します。
申請書や物納財産などの吟味はもちろん、相続内容も考慮して、物納申請が通りそうかどうかを判断してから申請しましょう。
物納申請の手続き中、必要書類の訂正などで時間を取られて本来の納付期限を過ぎてしまうと利子税が発生しますし、物納申請を取り下げた場合も納付期限を過ぎていれば延滞税が発生します。
特に延滞税は利子税よりも税率が高く、物納申請を迷っている場合は一度税理士に相談することをおすすめします。
物納するためには、さまざまなハードルをクリアしなければなりません。
2006年に改正相続税法が施行されてから、申請件数は同年度の1,036件から翌年度には383件へ一気に下降し、2017年以降は100件以下の状態が続いています(相続税の物納処理状況等|国税庁)。
物納するのが難しい理由のひとつが、「延納によっても金銭納付が困難な事由がある」という物納の要件です。
この要件があることで、「ある程度の財産を確保しつつ物納しよう」ということも困難になっているのです。
売却金で相続税を納付するのが得か、それとも物納したほうが得かはケースバイケースです。
もっとも、基本的に宅地の場合は物納の評価額(路線価)よりも売却額のほうが高いことが多く、近年は多くの人が売却を選択しています。
なお、土地や建物などの不動産を売却した場合は、譲渡所得に対して所得税・住民税がかかります。
しかし、一定の要件を満たす場合は特例が適用されて譲渡所得から一定額を控除でき、節税できる場合もあります。
相続税の税率は最大55%と非常に高いため、相続内容によっては納税資金をすぐに準備できないこともあるでしょう。
そのような場合は、延納や物納を検討しましょう。
ただし、物納では許可されるハードルが高いため、申請手続きの前には専門家に相談することをおすすめします。
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