高齢者の方に多く見られる認知症。この記事では認知症の特徴から、認知症の方への対応など認知症に関する多くの疑問を梅花女子大学森本准教授にインタビューしてみました。
認知症の方の特徴についてお聞かせください。
実は一括りに認知症の方といっても、脳の疾患部位に応じて、症状の経過や具体的な認知症の分類も異なります。
例えば、認知症の中で最も認定される数が多いのはアルツハイマー型認知症です。
アルツハイマー型認知症は女性に多くみられ、短期記憶が失われる初期症状が特徴的です。
アルツハイマー型認知症に次いで患者数が多いとされているのがレビー小体型認知症です。
レビー小体型認知症は男性に多くみられ、パーキンソン病にも似た症状が出ます。
また、見えないものが生々しく見えてしまう幻視が見られることも少なくありません。
患者様が見えているものを追い払おうと大声を出したり、警察に通報をするといった異常行動に及ぶこともあり、患者様のご家族の方が戸惑いを隠せないケースも散見されます。
それらの認知症に関する具体的な診断方法としてはどのようなアプローチが一般的なのでしょうか。
レビー小体型認知症はMRI等の画像診断によって、病変を発見することが難しく、診断が難しい側面もあります。
そのため、神経心理学検査等の結果も併せて、総合的に診断することが一般的です。
他方、アルツハイマー認知症の家族の方に、患者様の病前における性格の変化を伺った際に、性格特性を分析する際の5つの因子のうち、『開放性』に関する因子が顕著に低下していたことが明らかになりました。
開放性とは、経験世界に開かれている程度のことを示す因子です。
神経症傾向も高まるなど、不安が高まり、抑うつ傾向が生じる患者様もおられます。
発症する症状の傾向はあるものの、実際に表出する症状は個別に異なることが多いですね。
認知症の方の心理状態についてお聞かせください。
不安がベースにおありだと思います。
しかし自尊心もおありですので、とくに他人の前ですと、取り繕うこともされます。
また、同居のご家族から認知症に起因して表出した症状を逐一指摘されたり、評価されたりすることがあれば、自己防衛のための反応として介護者への抵抗感を抱く場合もあるでしょう。
認知症に関する指摘や評価が継続的に行われることにより、自尊心の低下にもつながりかねません。
また、もの忘れ等の認知症症状の自覚がないことが特徴的と言われますが、何か自分がおかしい、できなくなっていっているといった自覚をもっておられる患者様も少なくありません。
その場合には、抑うつ状態に陥り、失敗を恐れて自分の殻に閉じこもってしまうケースもあります。
中期になると、自分の体験そのものを忘れるようになり、介護者にとって問題行動と呼ばれる、困った行動や症状が出やすいのもこの時期です。
女性ではもの盗られ妄想、男性では嫉妬妄想の訴えが多いようです。
その後徐々に、手続き記憶の喪失や、対人関係構築、金銭管理の困難といった状態が生じます。
この段階まで症状が進行された患者様の心理状態は、自分の置かれている状況を判別することが困難となり、混乱状態に陥っておられます。
時空間や人間関係をはじめ、様々なこれまで一連の線でつながっていたものが少しずつ途切れて、点と点でしかなくなってくる、といったイメージがわかりやすいと思います。
ここまでにご説明した通り、認知症の状態にある患者様は大きな不安を抱えておられることを、周囲のご家族は認識しておくことが重要です。
次に認知症の方の介護にまつわる現状の問題点についてお聞かせください。
まず介護難民に関する問題が挙げられます。
要介護(要支援)の認定者数は平成28年4月には633万人にもおよび、17年間で2.9倍にも増加しました。
これに伴い医療・介護従事者の人員不足が発生しています。
地域包括支援センターが中心となり、地域包括ケアシステムの導入が進んでいますが、現在その途上にある状態です。
このように受け皿の不足もありますが、さらに認知症の場合は、一人暮らしで周囲の地域ネットワークとの接触機会も少ない患者様において、ご本人に自覚症状がないまま認知症が進行し、発見が遅れるケースも少なくないでしょう。
私は大学病院の物忘れ外来に勤務しておりましたが、このような場にいらっしゃる患者様は同居のご家族も目配りが行き届いており、またご本人もかつては、日々の生活に対する意識が高い方が多かったように思います。
早期発見、早期治療にもつながり、社会資源にもつながる力もおありだったように思います。
しかしこのように病院に足を運ぶ患者様やご家族は多くはなく、周囲の人に認知症の疑いを持たれる機会すらなく、症状が進行していく患者様の方が多いことは容易に想像できます。
また、老々介護、認々介護と呼ばれる家族介護の形に関する問題も発生していますよね。
老々介護は、65歳以上の高齢者が65歳以上の高齢者の介護している状態を指します。
一方、認々介護は、認知症患者が認知症患者を介護している状態を指します。
これらの問題の背景には、核家族化の進行と平均寿命の延伸があります。
特に医療の発達によって平均寿命が延びたという事実は、称賛されるべきことではありますが、健康寿命と平均寿命の差は拡大する一方で、要介護者数は増加の一途をたどっております。
また、高齢者の虐待問題も、同居家族、施設問わず発生している問題ですね。
特に独身で未婚の息子が親の介護を行う場合、虐待リスクは高まる傾向にあるといわれており、多くの場合コミュニケーションの苦手さから孤立し、抱え込んでしまわれることに起因していることが指摘されています。
施設においては、近年、介護会話以外のコミュニケーションを意識的に増やし、風通しをよくすることで、ケアの質を向上させる試みも増えつつあり、虐待防止につながることを願っています。
様々な問題が噴出しているのですね。
様々な問題を孕む介護現場の中で、介護する家族の要介護者に対する心理状態はどのようにあるべきなのでしょうか。
2025年には高齢者の5人に1人が認知症患者となる時代になると想定されています。
そのため、自身も将来的に認知症になる可能性は十分にあるといっても過言ではないでしょう。
自分自身が認知症を発症した際に、どのような介護を受けたいと感じるかを改めて自分の心に問う必要があります。
自分の不安に寄り添ってほしい、人としての尊厳を大切にした介護を行ってほしいと感じるのではないでしょうか。
とはいえ、認知症患者の介護は簡単なものではなく、様々な場面で悩みを抱えることもあるでしょう。
悩みを1人で抱えず、地域ネットワークや介護保険等をうまく活用して、認知症介護の悩みを共有できる環境、助けてもらえる資源を早め早めに見つけ、見通しをもてることが、介護者の抑うつ状態防止の観点で重要となります。
また、認知症患者の介護者に限ったことではありませんが、ポジティブな物事の捉え方を心がけることも、抑うつ状態に陥らないために大切なポイントです。
例えば、認知症患者を身近で介護している人は”もの盗られ妄想”における犯人とみなされることがあります。
「一番世話をしているのに、なぜ自分が盗人呼ばわりされないといけないんだ!」と感じるのも無理はありません。
しかし、一番患者様の気持ちに寄り添ってお世話をしているからこそ”もの盗られ妄想”の対象とされてしまうことが多いのです。
そのため、「”もの盗られ妄想”の犯人にみなされたということは、一番世話をしている勲章だ。」とポジティブに捉えることをお勧めしています。
このように介護現場で起こった出来事を、悲観的に捉えすぎることなく、少しリフレームし、遊び心を持ちながら介護活動を行うことで、介護に対する精神的負担は軽減されるでしょう。
また、介護者は要介護者にとって次世代の方であることも多いですが、要介護者にとっては次の世代の方と良い関係性を築くことは重要です。
例えば、自身のこれまでの人生で得た知見や経験等のいわゆる「知恵」を介護者に伝授し、その内容を介護者が真摯に聞かせていただくといったような関係性が構築できることで、要介護者は自尊心を失うことなく、生活を送ることが出来るようになりますよね。
現在の介護者は未来の要介護者です。
今からでも意識して次世代や周囲の人とのポジティブな関係性を意識しておくこと。
そして今、目の前におられる人生の先輩に対しては、人としての尊厳を大切にして寄り添う介護を心がけながらも、介護者自身のメンタル管理にも気を配ることが重要です。