「被相続人が多額の借金を残している」「相続トラブルに巻き込まれたくない」など、遺産を相続したくない場合には、遺産放棄や相続放棄などの手段があります。
遺産放棄と相続放棄は名称が似ているものの、法律上の意味は大きく異なります。
被相続人の財産状況や相続人同士の関係性などによって選択すべき手続きは異なり、安易に選択してしまうと借金を背負うことになったり、相続トラブルに巻き込まれたりする恐れがあります。
相続時に誤った選択をしないためにも、各手続きの特徴や違いなどを理解しておきましょう。自力で対応するのが不安な場合は、弁護士に相談するのもおすすめです。
この記事では、遺産放棄と相続放棄の違いやメリット・デメリット、それぞれが向いているケースや手続きの進め方などを解説します。
まずは、遺産放棄と相続放棄の特徴について解説します。
遺産放棄とは、相続発生時に「自分は遺産を相続せずに放棄する」という旨を、ほかの相続人に伝える手続きのことです。
遺産放棄は法的な制度ではなく、あくまでも相続人同士での取り決めになります。
法律上は、遺産放棄をしても相続人としての権利を放棄したことにはなっていません。
したがって、遺産放棄をしたあとに「やっぱりこの遺産は受け取りたい」と希望することも可能です。
相続放棄とは、相続人としての権利自体を完全に放棄する手続きのことです。
相続放棄は法的な制度であり、家庭裁判所に書類などを提出して、申し立てが認められれば成立となります。
遺産放棄とは異なり、相続放棄が成立すると「初めから相続人ではなかった」という扱いになります(民法第939条)。
したがって、相続放棄をしたあとに「やっぱりこの遺産は受け取りたい」と希望することはできません。
プラスの財産に関しても、基本的には相続できません。また、相続放棄をするには一定の制限(相続放棄ができなくなってしまう)もあります。
ここでは、遺産放棄と相続放棄のメリット・デメリットについて解説します。
遺産放棄の場合、以下のようなメリット・デメリットがあります。
遺産放棄をしても、法律的には相続権を保有したままであり、相続人という立場は変わりません。
たとえば、遺産放棄を宣言してから新たな遺産が見つかった場合などは、相続人として権利を主張することもできます。
また、複雑な権利関係が発生しない限り、遺産放棄のために特別な手続きは必要ありません。
通常の相続手続きの中だけで完結できるため、スムーズに済ませられるというのもメリットです。
被相続人が借金などの負債を抱えていた場合、債権者は相続人に対して返済請求をおこないます。
遺産放棄をしても法律上は相続人のままですので、債権者は遺産放棄をした相続人に対して返済請求ができます。
たとえ債権者に対して「自分は遺産放棄している」と主張しても、基本的に請求が止まることはありません。
確実に請求を止めるためには、相続放棄をおこなう必要があります。
相続放棄の場合、以下のようなメリット・デメリットがあります。
相続放棄をすると、法律的にも相続人の枠から外れることになります。
相続人同士での関係性が悪い場合などは、相続放棄をすることでトラブルに巻き込まれずに済みます。
また、被相続人が負債を抱えていた場合には、相続放棄をすることで債権者による返済請求から逃れることができます。
この場合、残された相続人同士で返済請求に対応することになります。
相続放棄をするためには、書類や費用などを準備して、家庭裁判所に申し立てなければいけません。
提出書類が不足していたり、手続きの期限を過ぎていたりすると申し立てが却下されるため、最低限の知識が必要です。
また、特別な事情がない限り、相続放棄の撤回や取り消しはできません。
相続放棄後は、被相続人が保有する一切の財産を受け取れなくなるため、遺産放棄のように相続人としての権利を今後一切主張できなくなるというデメリットもあります。
被相続人の財産状況や相続人同士の関係性などによって、選択すべき手続きは異なります。
ここでは、遺産放棄と相続放棄のどちらを選択したほうがよいか、ケースごとに解説します。
以下のようなケースに該当する場合は、遺産放棄を選択することをおすすめします。
遺産放棄の場合、遺産ごとに放棄するかどうかを選択できます。
「不動産の相続は放棄するが、現金だけは相続したい」などのように、一部の財産だけを受け取るということもできます。
一方、相続放棄の場合、全ての遺産の相続を放棄しなければいけません。
被相続人の遺産のうち、相続を受けたいものがある場合には、遺産放棄を選択することをおすすめします。
遺産放棄をする場合、ほかの相続人に対して「遺産相続を放棄する」と伝えるだけで済むため、特別面倒な手続きはありません。
被相続人が負債を抱えておらず、債権者から返済請求される恐れがない場合には、遺産放棄を選択したほうがスムーズに進みます。
一方、相続放棄の場合、家庭裁判所への申し立てが必要です。ケースによって必要書類や費用などが異なり、人によっては弁護士のサポートが必要になる場合もあります。
相続放棄をすると、自分の相続権はほかの者に移ります。
たとえば「被相続人の配偶者と長男・長女が相続を受ける」と仮定します。
この場合、長男と長女が相続放棄すると、相続権は被相続人の父母に移り、被相続人の父母がいなければ被相続人の兄弟に相続権が移ります。
相続人同士の関係性が良好でトラブルの心配がなくても、相続放棄によって新たな相続人が発生すれば、遺産分割の方法などで揉めることもあります。
一方、遺産放棄であれば、相続放棄のように相続権は移りません。自分が相続権を失うことで、相続トラブルに発展する恐れがある場合には、遺産放棄を選択することをおすすめします。
以下のようなケースに該当する場合は、相続放棄を選択することをおすすめします。
相続放棄をすると、被相続人の資産も負債も引き継ぐことはありません。
被相続人が多額の負債を抱えていた場合には、相続放棄により負債の返済から逃れることができます。
なお、「プラスの財産と負債がどれほどあるかわからない」という場合は相続放棄も有効ですが、限定承認という手続きがおすすめです。
限定承認とは、プラスの財産の範囲内で負債などを引き継ぐ手続きのことです。
限定承認をすることで、多額の負債を抱えることなく相続が受けられます。詳しくは以下の記事をご覧ください。
相続人同士の仲が悪い場合には、遺産の分割方法についてトラブルに発展する恐れがあります。
誰も相続したがらない遺産がある場合には、相続人同士で押し付け合いになることもあります。
相続放棄をすると、そのようなやり取りに参加する必要がなくなります。
「なによりも相続争いに巻き込まれたくない」という方には、相続放棄がおすすめです。
なかには「父親の事業を引き継ぐ長男に、全ての遺産を相続させたい」というようなケースもあります。
このように、特定の相続人に相続を集中させたい場合には、ほかの相続人が相続放棄をすることで正式に相続権が移り、権利関係のトラブルなどを防止できます。
遺産放棄でも、自分の相続分をほかの相続人に譲渡することはできます。
しかし、相続放棄のように正式に相続権が移るわけではないため、のちのち意思が変わって自分の取り分を主張することがあれば、トラブルに発展する恐れがあります。
ここでは、遺産放棄や相続放棄をおこなう際の流れについて解説します。
遺産放棄の場合、通常の相続手続きの中でおこないます。主な流れとしては以下のとおりです。
まずは、被相続人が遺言書を遺していないかどうかを確認します。
遺言書がある場合は遺言内容に従って遺産を分割し、遺言書がない場合は法定相続分に則って相続分を決定するのが通常です。
法定相続分とは、法律上定められた相続人の取り分のことです(民法第900条1~4項)。以下のように、相続人ごとに優先順位が定められています。
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被相続人の配偶者は常に相続人となり、「配偶者+相続順位が一番高い人」が相続を受けることになります。
相続人ごとの遺産割合について、詳しくは以下の記事をご覧ください。
遺産分割について決定する際は、相続人全員が話し合いに参加していなければ無効になります。
相続人の把握漏れが起きないように、戸籍を取り寄せたりして入念に調査しなければいけません。
被相続人の財産状況についても、正確に把握しておく必要があります。
被相続人の保管書類を確認したり、金融機関に連絡したりして、資産や負債などを全て確認します。
なお、相続人調査や財産調査は弁護士に依頼することも可能です。
疎遠な親戚がいる場合や被相続人の財産が不明瞭な場合、遺産放棄や相続放棄によって損をしてしまう可能性もあるため、専門家への依頼も検討しましょう。
相続人調査や相続財産調査が済んだあとは、相続人全員で遺産分割協議をします。
遺産放棄をする場合は、このときに「私は遺産を受け取りません」「この遺産の取り分は○○に譲ってください」などと伝えます。
なお、遺産分割協議が揉めた場合には、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てるのが一般的です。
遺産分割調停とは、裁判官や調停委員などが当事者の間に入り、話し合いによって解決を図る手続きのことです。
遺産分割調停でも話し合いがまとまらない場合には、遺産分割審判に移行します。遺産分割審判とは、裁判官が遺産分割の方法を決定する手続きのことです。
遺産分割で揉めている場合は、弁護士に依頼することで交渉や手続きを代行してもらうことも可能です。
なかなか話し合いが進まない場合は、一度弁護士に相談してみることをおすすめします。
遺産分割協議が終了した後は、合意内容についてまとめた遺産分割協議書を作成します。その際は、遺産放棄する旨についても記載しておきましょう。
遺産分割協議書の作成は義務ではないため、口約束だけでも問題ありません。
しかし、口約束で済ませてしまうと、のちのち「言った」「言わない」の争いになる恐れもあるため、作成しておくことをおすすめします。
相続放棄の場合、家庭裁判所に申し立てをおこなう必要があります。主な流れとしては以下のとおりです。
相続放棄をするためには、以下の書類や費用などを準備します。
上記の書類に加えて、相続放棄をする方に応じて、以下の書類も必要です。
必要書類などを準備したあとは、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に提出します。
家庭裁判所の管轄区域については「裁判所の管轄区域|裁判所」から確認できます。
なお、相続放棄には期限があり、「自分のために相続が発生したことを知ったときから3ヵ月以内」と定められています(民法第915条1項)。
期限を過ぎてしまわないよう、速やかに手続きを済ませましょう。
期限内の手続きに不安がある方は、弁護士に相談・依頼することをおすすめします。
書類の収集から手続きまで全て代行してくれるので、スムーズかつ確実に相続放棄が可能です。
手続きを済ませると、およそ10日後に家庭裁判所から相続放棄照会書・回答書が送られてきます。
相続放棄照会書・回答書とは、申請者が本当に相続放棄をしたいのかどうかを確認するための書類のことです。
回答書には簡単なチェック項目が記載されており、指定期日までに回答を記入して返送します。
回答書を返送すると、およそ10日後に家庭裁判所から相続放棄申述受理通知書が送られてきます。
相続放棄申述受理通知書とは、相続放棄を受理したことを知らせる書類のことです。
これで正式に相続放棄が成立となり、手続きは終了です。
遺産放棄と相続放棄の特徴をまとめると以下のとおりです。
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遺産放棄(財産放棄) |
相続放棄 |
概要 |
相続人として財産を放棄すること |
相続人としての地位を放棄すること |
手続きの方法 |
遺産分割協議にておこなう |
家庭裁判所に申し立てる |
手続きの期限 |
なし(遺産分割協議後は不可) |
相続の開始を知ってから3ヵ月以内 |
相続順位の変動 |
なし |
可能性あり |
被相続人の債務の返済義務 |
あり |
なし |
遺産放棄の場合は特別な手続きは必要ありませんが、相続放棄の場合は自分で申請書類などを準備して、家庭裁判所に提出しなければいけません。
自力で手続きできるか不安な方は、弁護士に相談しましょう。
弁護士は、法律をふまえた視点から相続放棄の手続きを代行してくれます。
また、遺産分割協議の交渉対応なども代行してもらえるため、遺産放棄を考えている方にもおすすめです。
初回相談無料の事務所も多くありますので、まずは一度お気軽にご相談ください。
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